脳振とうの後遺症で苦しんでいる米大リーグ、サンフランシスコ・ジャイアンツの青木宣親外野手(33)に対し、専門家が警鐘を鳴らしている。「今のままでは選手生命に関わる事態に陥る可能性がある」とまで言い切るのだ。ショッキングな発言をするのは、デッドボール研究の第一人者・東京脳神経センター理事長で脳神経外科医の松井孝嘉氏。「米国の医師は全く見当違いな診断をしている」というのだが、一体どういうことなのか?

 青木は8月9日のカブス戦で頭部に死球を受け、その後たびたび不調を訴えている。脳の精密検査を受けたものの、異常はなく「軽症頭部外傷症候群」といった診断がなされている。

 しかし、松井氏はこう断じる。

「脳振とうの専門医が診たらしいですが、脳の異常はありません。ボールはヘルメットに当たっているのです。診断が間違っている」とバッサリ切り捨てた上で「原因は脳じゃありません。だから、CTやMRIを撮っても何も異常がないんです。本当の原因は首にあります」と指摘する。

 カブス戦で受けた死球は、ヘルメットのフチの部分に当たっており、あれで脳に影響を与えるはずがないというのだ。

「それよりも、体を折り曲げた不自然な体勢で受けた死球が、首に大きなダメージを与えたのです。その結果、頸筋症候群となり自律神経に障害が出ている状態だと見て間違いないでしょう」

 一種のムチ打ち状態のようなものだが、首の後ろには自律神経の副交感神経をつかさどる部分がある。何らかの原因でここを損傷すると、副交感神経失調となり、自律神経に関連する様々なトラブルが起きる。

 8月下旬、青木は一時復帰したものの「気持ちが悪くなる」「目を動かすと頭が重くなる」などの変調を訴えていた。これはまさに、首の筋肉の異常で起こる不定愁訴(ふていしゅうそ=めまい、頭痛、動悸、視力障害、吐き気など)の典型だという。

 こうした障害は悪い姿勢を続けた結果に起こる慢性的な原因のものと、ムチ打ちや、青木のようなアクシデントによる突発的な原因で起こるものなど様々だ。実際、スポーツ界では野球だけでなく、ラグビーや格闘技などにこうした症状を訴える選手もいる。しかし、いずれにしても放置すると悪化する恐れがある、と松井氏は警告する。

「副交感神経失調になると目の瞳孔にも悪影響を与えます。なので、ボールをしっかり見ることが難しくなる。またふらつきもある。トップレベルでプレーすることができなくなる可能性があります」

 さらに進行すると「うつ」を引き起こす。実は自律神経性のうつは非常にたちが悪く、重症化しやすく、自殺率が高い。2012年に拳銃自殺した元メジャーリーガーのライアン・フリールは、脳振とうの後遺症に悩まされていたというが「このケースも自律神経性うつが原因でしょう」と松井氏は見ている。

 松井氏は野球用の耳つきヘルメットの実用化に貢献しており、野球に対する思い入れも強い。それだけに日本を代表する選手が最悪の事態に陥るのを看過できない。現在、大リーグでは脳振とうなどの不調を訴える選手が増えているが、特に効果的な治療はなされていないようだ。実際、現状、青木に対しても特に治療は施されておらず、不調を訴えたら休養させるだけだ。

 だからこそ、松井氏は青木に対して「一刻も早く首の治療をするべきです」と強い口調で訴えている。

☆まつい・たかよし=1967年東京大学医学部卒業。脳神経外科医。ジョージタウン大学で世界初の全身用CTスキャナーの開発に従事。日本にCTスキャナーを普及させ脳卒中死を激減させた。78年に頸性神経筋症候群を発見。自律神経失調症の治療法を世界で初めて完成させた。野球の耳付きヘルメットの実用化をもたらしたことでも知られる。現在、松井病院理事長、東京脳神経センター理事長。