99年11月21日「PRIDE.8」ホイラー戦 桜庭和志が〝不敗神話〟を破った大一番を振り返る

2020年11月18日 11時00分

桜庭がホイラー(下)の腕を決め、レフェリー(左)は試合を止めた(99年11月21日)

【東スポ60周年記念企画 フラッシュバック(31)】今から21年前、一人のレスラーが格闘技界の新たな扉を開いた。現在グラップリングイベント「QUINTET」をプロデュースする“IQレスラー”桜庭和志(51)は1999年11月21日の総合格闘技イベント「PRIDE.8」(東京・有明コロシアム)でホイラー・グレイシーを撃破。当時、格闘技界を席巻していた“不敗”のグレイシー一族に初黒星をつけて格闘技人気を爆発させた。創刊60周年を迎えた本紙連載「フラッシュバック」では、桜庭が大一番の裏側を振り返った。

 総合格闘技イベント「PRIDE」は1997年10月に旗揚げ。高田延彦がグレイシー柔術創設者エリオ・グレイシーの三男ヒクソンに敗れるバッドエンドで始まった。桜庭は98年3月の「PRIDE.2」から参戦。アラン・ゴエス戦の引き分けを挟む5連勝と実力を発揮し“不敗神話”を誇るグレイシー一族との対戦に向けて機運が高まっていた。

 そんな中で、桜庭が対峙したのがヒクソンの弟、五男ホイラーだ。朝日昇(96年7月7日)や佐野なおき(98年3月15日)といった日本人を下した実力者。グレイシー柔術の“幻想”にのみ込まれていたファンの誰しもが不安を抱える中、本人は意外な感情で試合のオファーを受けたという。

 桜庭 特に(ホイラーの)印象はなかったです。「グレイシー!」とか言われていたけど、一人の人間なんで。僕には幻想は何もなかった。グレイシーだからってみんなが同じ戦い方をするわけじゃないですから。例えば極真空手でもレスリングでもいろんな選手がいるじゃないですか。それと、最初は相手が小さくて体重差があるので「勝って当たり前の試合なんてやりたくない」って言ったんです。だけど、確かイベント側から「勝ったらヒクソンが出るって言ってるから」って。それでも嫌がったんですけど、結局やることになったんです。

 実際、体重差は桜庭の85キロに対し、ホイラーは69キロ。セオリー通りならば桜庭が有利だ。しかしグレイシー一族が当時、体重差を幾度もはね返していたのもまた事実。それでも桜庭にとって問題はなかった。

 桜庭 寝技だけでいったら向こうの方が強いんじゃないですかね。でもこれは総合格闘技。向こうは「寝技にいけば勝てる」っていうのがあったのかもしれない。だけど僕は「寝技やらねえよ」みたいな。それより、言い方悪いけど「こいつなめやがって」って思ってたんですよ。体重差があるのに、勝てると思ったから(試合を)やったわけじゃないですか。だから「痛い思いさせてやる」っていう気持ちがありました。キックだったりパンチだったりの打撃の痛さを。それで試合中、相手があごとか震えてたんですよ。「やべー。痛い、どうしよう」的な。これもまた言い方悪いですけど「ザマアみろ。なめんなよ」みたいに思ってました。

 試合は狙い通り、ホイラーのタックルをことごとく潰した桜庭が、強烈な蹴りを叩き込む一方的な展開となった。判定があれば圧勝だっただろう。しかし、この試合はグレイシー側の申し入れで、時間切れの場合は判定なしで引き分けになることが決まっていた。

 試合展開は一方的ながら時間が経過し、時間切れ引き分けが見えてきたところで、桜庭は勝負に出る。相手の土俵である寝技を仕掛けたのだ。

 桜庭 残り時間が少ないからちょっと寝技いってみようかなって思ったんです。そしたら手が取れて腕がスポッて入ったんで「あ、ラッキー」とか思いながら。決まっていた?
 うーん…、1回入ったんですけどね。あの状態だと(関節が)外れはしなかったんじゃないかなあ…。ただ(逃げるのは)ほぼ厳しい。そのときは「このまま行ったらドローだなあ。ドローだとつまんないなあ」と、フッと思いついてレフェリーに「このままやると腕、外れますよ」って言ったんです。そしたらレフェリーが止めたんです。ホントはレフェリーストップなしだったんですけど。試合終わってホイラーは怒ってポルトガル語か英語でなんか言ってたけど「俺は知らない。俺は止めてない。レフェリーだろ、止めたの」って。だって(レフェリー)島田(裕二)さんのミスだもん(笑い)。

“IQ”も駆使した知略でレフェリーも巻き込み、大一番に勝った桜庭はマイクを持つと、セコンドのヒクソンに向けて対戦を要求。その際の「次はお兄さん、僕と勝負してください」とのセリフも話題となった。

 桜庭 勝って感慨深かった? そういうのは特になくて「会場をどうやって盛り上げようかな」っていうことだけ考えてましたね。(ヒクソンには)盛り上げるために言ったんですよ。でもなんか「ヒクソンさん」って違うなあって思ったんです。「さ行」と「ん」が続くから。それで「お兄さん」という言葉を使ったんです。別に前から考えてたわけじゃないですよ。会場が盛り上がっていたんで「あれ、これひと言言っておいた方がいいな」と思って。レフェリーストップでヒクソンも怒ってた? でも、後でビデオを見たらアームロック入った瞬間「あちゃー」みたいな顔してましたよ。だから言ってることと、気持ちは違ったんじゃないですかね。

 その後の活躍は言わずもがなだ。ヒクソンとの対決はかなわなかったものの、ホイラーの弟、六男ホイス(2000年5月1日)に90分に及ぶ激闘の末に勝利。さらに一族のヘンゾ(00年8月27日)、ハイアン(00年12月23日)にも勝ち、グレイシー一族から4連勝。同年度の東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」ではMVPを獲得するなど“主役”として格闘技界をけん引した。

 現在はプロレスリング・ノアを主戦場に杉浦貴(50)率いるユニット「杉浦軍」に所属。10月27日に行われた「QUINTET」の後楽園大会ではGHCタッグをともに持つ杉浦とグラップリングのエキシビション戦を行った。実は、そのQUINTETには一族からグレゴー・グレイシー(33)も参戦しており、最後に夢プランを明かす。

 桜庭 グレゴーが「グレイシーファミリーで出たらどうだろう」って言ってたんですよ。出てくれないかなあ、ホイラーも。そしたら杉浦軍VSグレイシー一族でやりたいですよね。ただ総体重があるので藤田(和之)は100キロくらいまで落としてくれないと…。

 令和の再戦は実現するか。注目したい。

 ☆さくらば・かずし 1969年7月14日生まれ。秋田県出身。市立秋田商業高レスリング部で活躍。92年7月に中央大を中退し、UWFインターナショナルへ入団。98年3月にPRIDEデビュー後、グレイシー一族に4連勝するなどの活躍で格闘技人気を支えた。2017年に日本人で初めて世界最大の格闘技団体「UFC」の殿堂入り(パイオニア部門)。現在はノア杉浦貴とのタッグでGHCタッグ王座を保持する。現在グラップリングイベント「QUINTET」をプロデュース。180センチ、85キロ。

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