17歳の山口百恵 貫禄たっぷり〝大女優〟の結婚観

2022年01月10日 10時00分

山口百恵(東スポWeb)
山口百恵(東スポWeb)

【今週の秘蔵フォト】かつて評論家の平岡正明氏は「山口百恵は菩薩である」との著書を残した。賛否両論はあるだろうが「菩薩」という言葉に妙な説得力があったのは事実である。1973年5月に「としごろ」でデビュー。続く「青い果実」などのヒット曲は、とても中学3年生とは思えない表現力と圧倒的な存在感を放っていた。

 一気に歌謡界の大スターとなった山口はその後もヒット曲を量産。映画やドラマでも脚光を浴びた。「横須賀ストーリー」が大ヒットした76年には映画「春琴抄」で後の夫となる三浦友和と共演。同年11月27日付本紙には撮影中の山口へのインタビューが掲載されている。

「目が見えない役(盲目の少女・お琴)はテレビの『赤い疑惑』でもやったことがあるんです。でもあの時は目を開いていてもよかったんですが、今回は最初から最後までつぶり通し。目をつぶっているって怖いですね。撮影中でも、どこに何があるか、分からなくなることがあるから不安なんです」と笑顔を見せた。当時まだ17歳。すでに大女優の貫禄すら漂っていた。

 後に三浦とは80年に結婚、引退するのだが「今、結婚したとするでしょ。旦那様が何々が欲しいといえばそれに対してひと通りのことはできますよ。もっとも味付けの差はありますし、私のはお母ちゃんから教わった味ですから…。でも食べられると思います」とすでに家庭的な性格であることを明かしている。

 驚いたのは当時、日本でも大人気を誇った名ギタリスト、ジェフ・ベックのファンだったこと。「いいんだなあ。大好き。お料理するよりも今は音楽を聴くことが好きです。どんなに疲れていても夜中にヘッドホンをつけて聴いています。そうしないと落ち着かなくて」と語っている。長男の祐太朗がミュージシャンとなったのも、その影響だろうか。

 引退後はキッパリと芸能界と決別し、公の場に姿を見せることはなくなった。まず不可能だろうが、当時のインタビュー写真を見ると、現在の平穏な日々を語る山口を見てみたいという思いに駆られてしまう。

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