〝あの人は今〟からの復活 鼠先輩を支えた言葉「泉ピン子だっておかしいでしょ!」

2021年11月24日 11時30分

〝反社ファッション〟は相変わらずだ(東スポWeb)
〝反社ファッション〟は相変わらずだ(東スポWeb)

「ぽっぽぽ~」の大ヒットから13年、あの鼠先輩(48)が再ブレークの兆しを見せている。パンチパーマにサングラス、白スーツの“反社ファッション”は相変わらずだが、このほど、メンズケアブランドのアンバサダーに就任。これまで明かさなかった実生活での“イクメン”ぶりも公開し好評だ。コロナ禍の苦境を乗り越え、子供たちと「逆R指定小学校」なるユーチューブチャンネル活動、さらには新曲も完成させた。その半生と生きざまとは――。

 2008年、ムード歌謡のデビュー曲「六本木~GIROPPON~」は「ぽっぽぽ~」のフレーズで演歌チャート1位、一世を風靡。“反社ファッション”と奇抜な芸名、宴会ソングが意外にもブレークし、一躍人気歌手となった。

「最高月収は1200万円。友達とキャバクラ1軒で180万円使ったりしてましたが、リッチだったのは実質1年間くらいで、その後は“うなぎ下がり”。仲良くなったキャバ嬢とその夫に2000万円貸して逃げられたこともありましたね」

 現在は学園祭や結婚式、イベントなど、営業活動を続けているが、コロナ禍では大打撃を被った。

「営業がなくなり、収入はゼロ。給付金と公園の整備などのバイト、貯金を切り崩して生活してました」

 妻と中学生と小学生の2女を養っているが、不思議と悲壮感はない。「楽しく生きた方が得ですからね。世の中、本当は面倒くさいことばかりだけど、仲間たちと楽しいことをシェアしながらやっていきたい」

 今夏から“反社コスプレ”のおじさんが、小学生タレントたちと愉快に学ぶ「逆R指定小学校」なるユーチューブチャンネルを立ち上げた。

 10月にはメンズケアブランド「VITERA(バイテラ)」のアンバサダーに南部虎弾、アントキの猪木とともに就任し、これまで見せていなかった意外な“イクメンぶり”を披露し好評だ。

「家では自分の酒のつまみを作るのが好きで、コロナ禍では一日中、台所にいることもあって、家族と過ごす時間が増えて、娘たちと普段話せない話ができましたね。作詞作曲、自作自演の新曲を2曲作り、PVも完成し、近々リリースする予定です。コロナは悪いことばかりじゃなかった」

 中学時代にザ・ブルーハーツのコピーバンドを始め、高校時代にはNHK「ヤングバトル」岡山大会で優勝し「勘違いして」中退。バイトは中学でペンキ職人を皮切りに飲食店や清掃業など様々な仕事をしてきた。中華料理店のバイト時代、空回りばかりで上司から「ハツカネズミみたいだな」とアダ名が鼠になり、後輩から「鼠先輩」と呼ばれたのが芸名の由来だ。

 アマチュアでバンド活動をしながら、19歳でニューヨークやメキシコ、中南米を訪れ、15歳から付き合っていた妻とは結婚前に1年半、インドやネパールなどを旅した。30歳で結婚したのを機にバンドデビューはあきらめ就職もした。映像制作会社にいたときに「鼠先輩」のキャラが生まれ、35歳でブレークした。

 人気者になり、テレビで大物とも共演。ありがたかったのは泉ピン子の言葉だった。楽屋あいさつで最後に「変な名前ですみません」と言うと、ピン子の顔つきが一瞬で変わったという。

「なんで自分の芸名を変だと言うの? 私の名前を何だと思ってるの! ピン子だっておかしいでしょ。がんばれば、みんなが認めてくれて、芸名もスタンダードになって当たり前になるのよ。変な名前なんか言いなさんな!」

 多くのバイトと海外旅行の影響からか、あらゆるモノを極めて冷静に見てきた。デビュー時も周囲に「1年でやめます」と宣言していたという。

「宴会ソング、イロモノ枠で、ヒットが続かないのはわかっていた。宣言通り、デビューから1年半後に引退したんですが、2010年にキンチョールのCMで復帰したんです。一発屋と呼ばれるのは全然嫌じゃない。一発屋にもなれない人が多い芸能界で一度でも認められたんだから」

 風貌とは逆に客観的な目線で“二発屋”を虎視眈々と狙っている。

☆ねずみせんぱい 1973年4月5日生まれ。岡山県出身。中学時代にバンドを始め、高校時代にNHK「ヤングバトル」岡山県大会で優勝し、退学。大阪を経て20歳で上京するも芽が出ず、30歳でバンド活動を辞め、結婚。映像制作会社時代に「鼠先輩」のキャラが生まれ、2008年、35歳でデビューした「六本木~GIROPPON~」が演歌チャート1位となりブレーク。引退を経て10年、キンチョールのCMで復帰。現在はユーチューブチャンネル「逆R指定小学校」のほか、学園祭や結婚式など営業活動を続けている。

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