「第74回カンヌ国際映画祭2021」の「ある視点部門」で先日、オープニング作品として映画「ONODA 一万夜を越えて」が上映され、小野田寛郎さんが乗り移ったかのような津田寛治のたたずまいが注目を集めている。

 第二次世界大戦終結を知らずに29年間フィリピンのルバング島でサバイバル生活の後、1974年3月に作戦任務解除令を受けて51歳で日本に帰還した小野田寛郎(おのだひろお)旧陸軍少尉を描いた作品。監督と脚本は、フランス映画界で今最もその手腕が注目されているアルチュール・アラリ監督。小野田さんのジャングルでの潜伏の日々をアラリ監督独自の視点で構成した本作は、小野田さんを知らない世代にも共感できる壮大な人間ドラマに仕上がっている。

 小野田さんの著書を読まなかったアラリ監督はこう語る。

「読まなかったことで、自由に人物を描くことができ、逆によかったです。私にとって、小野田さんとは、あくまでも物語を動かす架空の人物であったため、小野田さん自身の主観に囚われたくはありませんでした」

 日本軍の心構えから、銃の構え方、ほふく前進の仕方などのミリタリーディレクションを担当したビッグファイタープロジェクト代表の越康広氏は、小野田さんの成年期を演じた津田寛治を絶賛する。

「別の現場で一緒だった津田寛治さんとは、別人のように見えた。役作りのためにかなりヤセていた。顔が小野田さんのように見えた。軍人の所作に関しても熱心に質問していた」

 帰還時にメディアに対して「29年間、うれしかったことなど今日の今までありません」と語った小野田さんについて、越氏はこう語る。

「今では、サバイバルという言葉が、もてはやされているが、小野田さんは生と死が背中合わせの生活だった。大量の葉を使って雨をしのぎ、トタンで作ったハサミで髪、ヒゲを整えた。いつどこから敵が来るか分からないので、小銃を抱きながら寝たり、自分の痕跡を残さないように居住区も年中変えたり、睡眠もしっかり取れなかった30年間。上司の命令は絶対と上司の命令解除を目の前で、聞くまで、自分の生きた島を離れなかった小野田さん…。日本人の魂そのものであったと思う」