矢野顕子45年前デビュー時に完成していた〝音楽界の母親キャラ〟

2021年10月10日 10時00分

弾き語りを披露する矢野顕子(東スポWeb)
弾き語りを披露する矢野顕子(東スポWeb)

【今週の秘蔵フォト】日本が世界に誇る天才シンガー・ソングライターの“アッコちゃん”こと矢野顕子は、今年デビュー45周年を迎えた。8月にはニューアルバム「音楽はおくりもの」をリリース。石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」をカバーするなど、デビュー時からの奔放さは失われていない。

 45年前の6月17日には、海外でも評価の高いデビューアルバム「JAPANESE GIRL」発売を控え、本紙のインタビューで独自の音楽観を語っている。当時21歳。A面のバッキングは超大物バンド、リトル・フィートが務めた。デビュー前には米ロサンゼルスのライブハウス「ロキシー」にも出演しており、すでに何にも動じない大物感が漂う。

「資金もバックもいるでしょ。そんな条件が揃えば2か月後でも10年後でも全米ツアーというものをやってみたい」。10年後どころか、わずか4年後にはYMOのワールドツアーに参加して世界的ミュージシャンとなり、1990年には拠点をニューヨークに移すようになるのだが…。

 独自の音楽理論は続く。「ブラームスはムダな音がひとつもない。負けちゃう。それと昭和初期に作られた歌謡曲の質の高さね。負けちゃうわね。それと民謡にも」。矢野はデビューアルバムで故郷青森の民謡を元にした「津軽ツアー」「ふなまち唄PartⅡ」や藤山一郎の「丘を越えて」をカバーしていた。

「音楽に国境はあるっていう主張には賛成。国境がないっていうのはアングロサクソンが考え出したずるい理屈よ。たとえば民謡の、ホラ、パワーというか土着の肉声というか、人間の根本にあたる音楽だと思うの。ビートルズってそれなりにいいけど、音楽を作る側でいえば、日本人であることにふと気がついて、ニューミュージックの本当の意識は、やはり日本人は日本人のうた!ってことじゃないかな」

“日本音楽界の母親的存在”の資質はこの時から完成されていたといえる。

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