太川陽介が語る永遠の大スター スタッフを怒った沢田研二に「プロとしてのすごさを見た」

2021年09月27日 13時06分

「永遠の大スター」沢田研二について語った太川陽介(東スポWeb)
「永遠の大スター」沢田研二について語った太川陽介(東スポWeb)

 J:テレ(J:COMコミュニティチャンネル)で好評放送中の「太川陽介のスナック歌謡界~昭和スターが集う店~」では、マスターにふんした俳優の太川陽介(62)と、ゲストがお酒を片手に思い出話に花を咲かせる。いつもは聞き役の太川に、今回はあの大スターについて語ってもらった。

 ――同期の狩人、川崎麻世さんをゲストに呼ぶ?

 太川 内輪話になるのが怖いんですよ。なぁなぁになるのがいやで。だからレッツゴーヤングの司会やってる時も、司会の相手のことは舞台上でしか話をしないようにしたんです。最初の1か月はしょっちゅう楽屋に行って話をしてその子のペースとかわかったら、そこからは一切舞台の上でしか会わないようにしてた。でも視聴者が望んでくれるんならね。

 ――太川さんにとってのスターは

 太川 断トツ、沢田研二さんですよ。僕の永遠の大スター。

 ――沢田さんの魅力は

 太川 とにかくプロ意識がすごかった。例えばデビューした時すぐはカメリハの時にはちゃんと衣装着るんですよ。それが2年目とかなるとマネージャーが目の前に衣装を持ってきて「これで~す」で終わらせる。沢田さんはもちろんカメリハの時は衣装だし音合わせも本番と同じ振りで同じように。あの人分かってるのは音合わせの時にカメラさんがカット割りのチェックをしてるんですよ。音合わせって音楽の合わせだけじゃなくてカメラさんはカメラワークをチェックしてる。その人たちに「こうするよ」というのをちゃんと見せてるわけ。それは見事。あ、そういう意味かって。あるとき本番でカット割りが変わってたの。本番が終わってから沢田さんがスタッフに烈火のごとく怒って。ぼくは「それは沢田さんが正解だよ」って思ったもん。あれだけやってるんだから変えるんだったら本番前に言わなきゃ本人に。それも言わずにいきなり変わってたの。だから沢田さんが怒ったんだけど当たり前だよね。そのときに沢田さんのプロとしてのすごさを見たね。

 ――交流は

 太川 ちゃんと話したことはないです。でも共通の知り合いを通して1回飲んだんです、博多で。ぼくは仕事場の沢田さんしか知らないから、いつもピリピリしてる感じだったの。めっちゃめっちゃ穏やかでさ、お酒飲んでると。ずっとニコニコしながら周りの話を聞いているみたいな。それで余計にファンになっちゃったもん。

 ☆たがわ・ようすけ 1959年1月13日生まれ。京都府出身。76年「陽だまりの中で」でレコードデビュー。翌77年に「Lui―Lui」で日本レコード大賞新人賞を受賞。79年からNHK「レッツゴーヤング」に出演し、司会を務める。その後、俳優業でも活躍。最近では蛭子能収と「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」(テレビ東京系)に出演し、人気を博す。

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