最後は“ぼっち”になった菅首相 凋落を暗示した今夏の「寝ぐせ事件」

2021年09月04日 06時15分

一人で“出撃”しようと試みたが…(ロイター)

 菅義偉首相(72)が3日、総裁選(17日告示、29日投開票)の不出馬を表明し、今月末の総裁任期をもって、首相を辞任する見通しとなった。昨年の発足からちょうど1年の〝短命政権〟となったが、一体何があったのか?

 菅首相はこの日、「新型コロナ対策に専念したい」との理由で総裁選へ立候補しないことを表明した。このところ菅首相は前言撤回のドタバタ劇が繰り広げていた。総裁選への出馬を明言しながら、先月31日夜に毎日新聞が総裁選前に党役員人事と内閣改造に踏み切る意向が報じられた。事実上、総裁選を先送りし、解散総選挙に出る奇策だったが、党内からは「姑息」「この国が崩壊する」と罵倒され、翌日には「解散できる状況ではない」と封じ込められた。

 せめて党役員人事だけでもと、二階俊博幹事長の交代を決断したものの、後任を巡っては意中の人物が見つからずに政権浮揚につながる目玉人事も右往左往。結局、自身を支えた二階氏を切ったことで、孤立無援となり、最後の相談相手となったのは無派閥の小泉進次郎環境相だけだった。

 昨年9月に体調不良で辞任した安倍晋三前首相の後を継いだ菅首相は〝ガースー〟ともてはやされ、発足時の支持率は70%を超える人気だったが、新型コロナ対策で後手に回り、相次ぐ緊急事態宣言の発令・延長、東京五輪の強行開催で支持率は下降線をたどった。

 東京五輪の開会式では、天皇陛下が開会宣言を読み上げた際に着席したままだったことや広島の平和式典では原稿を読み飛ばし、長崎の記念式典でもトイレで遅刻し、批判にさらされた。

 党関係者は「いずれも菅首相の責任といってしまえばそれまでですが、起立の案内や事前にトイレ時間管理などは事務方のミス。広島の読み飛ばしも原稿がのりでくっついていたなんて嫌がらせともいえる」と指摘する。

 菅首相は8年続いた安倍政権で、歴代最長の官房長官を務めた。「アメとムチで官僚人事を差配し、官邸主導でニラミを聞かせ続けた分、恨みを持つ官僚も多い。支持率低下とともに見切りをつけられ、官僚のしっぺ返しともいえるサボタージュに遭い、統制がとれなくなった面は否めない」(同関係者)

 夏前にはこんな出来事も起きた。

「菅首相が登庁時に寝癖で髪の毛が数本跳ね上がってしまっていたんです。寝癖は珍しくないが、あそこまでピンと跳ね上がっていたら、かっこつかない。普通は周りが進言するが、キレられるのを恐れ、誰も言えなかった」(党議員秘書)

 腹の内をこぼす相手がおらず、常に緊張感でピリピリ。ある種の“恐怖政治”を強いていた分、崩れ落ちるスピードも早かった。

「もし9月中に解散総選挙に突っ込んでいたら200議席を割っていた可能性もあった。公明党との連立での過半数も無理で、維新や国民との連立政権になっていたし、来年の参院選でねじれになってもおかしくなかった。最後は菅首相自ら身を引いてくれたことで、自民党を救ってくれた」(党ベテラン)

 こうして“ガースー政権”は短命に終わった。

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