44歳で死去 松原みきさん名曲「真夜中のドア」が世界中でバズりまくりなワケ

2021年04月06日 11時30分

世界的ブームを分析した(左から)林哲司氏、松城ゆきの

 世界の人々がコロナ禍のため自宅で過ごす機会が多くなっている中、1979年に歌手・松原みきさん(故人)のデビュー曲として発売された「真夜中のドア~Stay With Me」が、40年を経て世界的に大ヒットしている。Spotifyのグローバルバイラルチャートで連続1位を獲得したほか、ユーチューブやTikTokでもバズっている。Apple MusicのJポップランキングでは50か国以上で1位。この状況を当事者の重要人物、作曲者の林哲司氏(71)はどうみているのか。秘蔵っ子の歌手、松城ゆきののライブに出演後、話を聞いた。

 ――40年以上前の曲が世界的にヒットしてます

 林氏 我関せずのところで起こったので、正直、最初はあまりピンときていませんでした。自分で仕掛けたわけではないし、何が起こっているのかさっぱり見当つかず、ヨソの出来事と受け取ってました。

 ――人ごとのように

 林氏 その通りです。聴かれることへの喜びはあるけど、何も感動とかなくて。

 ――なぜ今になって世界的にヒットしたと思いますか

 林氏 プロデューサー視点から分析すると、いろんな要因が絡んでいます。アニメなど日本文化が注目されてきた流れの中で、音楽にも焦点が合ったというのがベースにあります。韓国のナイト・テンポというアーティストが竹内まりやさんの「Plastic Love」など日本の曲をユーチューブで紹介し、以前から話題になっていたのもあります。その後、インドネシアのユーチューバー、Rainych(レイニッチ)のようなインフルエンサーが取り上げてさらに火が付きました。ネット社会ならではの現象ですね。

 ――レイニッチはまだ20代後半。「真夜中の~」は生まれるずっと前の、他国、他言語の曲です

 林氏 時空を超えるというのはこういうことなんだなと実感しますね。日本だったらリバイバルだけど、海外の人は初めてのものとして聴くわけです。

 ――若い人、海外の人にはある意味“新しい音”ですね

 林氏 言語については、僕も昔、言葉が分からないまま英米の曲やフレンチポップスを聴いてました。ボーカルはサウンド的な要素、音色として聴いてたんです。僕らがそうやって洋楽を聴いていたのと同じ感覚で、海外の人はシティーポップスを聴いてるんじゃないかな。

 ――作曲した当時のことを覚えてますか

 林氏 当時はみんな洋楽を聴いてました。亡くなったプロデューサーから言われたのは、「洋楽っぽいものを書いてほしい」ということです。なので英語が乗ってもいいようなメロディーの取り方をしました。

 ――それも世界でウケた理由ですね

 林氏 松原みきさんの声の魅力もあるでしょう。歌謡曲全盛だった当時にヒットし、洋楽しか聴かなかった音楽関係者も好んで聴いてくださった。ポップスファンにエポックメーキングな曲として長く支持されてきました。その喜びはずっとあります。

 ――1970~80年代の米国は、良質なポップスの生産工場のように世界的ヒットを多数生みましたが、今は音楽の傾向が全く違います

 林氏 それも要因のひとつでしょう。80年代後半から米国でラップがはやりだし、それ以降、音楽の主流がラップになって、世界的にその傾向が長く続いてます。グルーブが重視され、メロディーがおざなりになって久しい。感動するメロディーに出会うことが少なくなりました。若い人たちはメロディアスな曲に触れてなかったから、回帰しているのもありますね。

 ――松城さんは「真夜中の~」のヒットをどう思いますか

 松城 私はその世代の音楽が好きで、ずっと聴いてました。私がカバーした「サヨナラは私のために」のように、これまでの林先生の曲には素晴らしい曲がたくさんありますので、歌わせていただいて発信したいです。

 ――あの松本伊代が歌った名曲ですね。日本には埋もれた名曲がまだまだありますから、海外の人が“発掘”して広める流れは続くかもしれません(ライブの模様は4月9日まで有料配信)

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