「鬼滅の刃」の〝隠された秘密〟とは――。空前の大ヒットとなっている「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」。今週末には興収歴代1位の「千と千尋の神隠し」の316億円の記録を塗り替えることは確実だ。漫画は全23巻で累計発行部数1億2000万部。あらゆるコラボグッズも爆売れだ。〝鬼退治〟という古典的モチーフがどうして現代社会でここまでのブームになったのか? 専門家が分析した。

 物語の骨子は、主人公の少年・竈門炭治郎(かまどたんじろう)が、鬼にされた妹の禰豆子(ねずこ)を人間に戻すため、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん=鬼の始祖)を倒そうとする冒険剣劇だ。

 映画は物語の一部分で、「鬼殺隊」(=政府無公認の鬼退治組織)の「柱」(=リーダー格)の一人、煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)がクローズアップされている。

 経済を回しているだけではなく、新語・流行語大賞のトップテンに「鬼滅の刃」が入ったように、今や社会現象になっている。

 鬼滅ブームについて、民俗学的視点では「古来から鬼は疫病の象徴。鬼退治とは疫病との戦いの比喩。新型コロナウイルス禍の人々の心に響いたのでは」と説明されることがある。

 実際、鬼滅に出てくる「鬼」の名前は、「黒死牟(こくしぼう)」が黒死病=ペスト、「猗窩座(あかざ)」が赤痢を想起させたりもする。鬼滅は正しく民俗学に沿った物語といえるだろう。

 コロナで多くの映画の公開が延期され、スクリーンがガラ空きだったところに大々的に公開できたタイミングもあっただろう。公開当初から、SNSでは「煉獄(杏寿郎)さんを300億の男にする」という合言葉があったように、推しキャラを育て上げたいというファンの動きがあり、1人で20回以上見た人もいる。コロナ禍で外出自粛傾向の中、劇場に足を運んで娯楽に触れた快感もあるかもしれない。

 複数の要因があることは間違いないが、精神科医で東京・豊島区のライフサポートクリニックの山下悠毅院長はこう語る。

「キーワードの一つは〝分裂〟と考えています。ある日突然、鬼に家族が惨殺され、禰豆子が鬼にされてしまう。かわいい妹でもあり、同時に憎き鬼でもある。そして禰豆子は被害者でもあり、加害者にもなりうる。誰もが新型コロナにかかってしまい、移してしまうかもしれない。また新型コロナの感染拡大で、社会は経済を回す人間と、感染をばらまく人間とに分裂し、感染した人を鬼として扱う自分と、しかし大切な家族がもし感染したなら、人として扱われてほしいといった分裂も生じています」

 まさにコロナ禍を過ごす人たちの気持ちに合致しているのだろう。

 また、山下氏は「2つ目のキーワードは〝無力感〟ですね」と言う。

「鬼滅の刃では、どんなに強い『柱』でも鬼に殺されてしまうという無力感も描かれていました。どんなに努力し自粛生活を送ってもコロナにかかってしまうかもしれない。そして、コロナにかかったら死んでしまうかもしれない。人は誰しもいつか死に、必ずしも努力が報われるとは限らない…新型コロナは、こうした当たり前ではあるものの、日頃、私たちが目を反らしていた事実に直面させました」

 さらに山下氏はこう指摘する。

「最後のキーワードは〝絆〟です。コロナの出現により〝分裂〟した私たちの心を支配していたのは圧倒的な〝無力感〟でした。そんな中、海外ではワクチン接種が開始されました。ワクチンの安全性が確認されるまでは怖い…安全を証明するため、まずは誰かに犠牲(被験者)になってほしい。『鬼滅の刃』では、自分が犠牲になっても、誰かが鬼を倒してくれると信じて『柱』たちが命を投げ打ちます。鬼を倒したのは、私たちが持つ〝人を信じる心〟であり、コロナの最中、誰もが人はそうした心を持っていると信じたいのです」

 鬼滅ブームはコロナ禍の人々の心にうまくリンクしたのかもしれない。