お笑い界初“元ボートレーサー芸人”誕生 曾根孝仁、目指せ「月収200万円超え」

2020年09月23日 11時30分

爆笑問題に憧れていた曾根

 お笑い芸人挑戦を表明した元ボートレーサー・曾根孝仁(38)が本紙インタビューに応じた。曾根は17年間のプロ生活を経て「ずっと憧れていた」と芸人に転身することを決意。目標は「ボートレーサー時代の最高月収200万円超えです!」と大きな夢をぶち上げたが、実はこれ、ボートレーサーとして稼いだわけではないとか――。

 お笑い界に初めて“元ボートレーサー芸人”が誕生した!

 17年の選手生活に区切りをつけ、芸人転身を決意した経緯について、曾根は「ボートレーサーは息の長い職業ですけど、40代を手前にして、『今しかチャンスはない!』と。引退して、昔からの憧れだった芸人に挑戦しようと決めたんです」と明かした。
「僕はいわゆる『ボキャブラ天国』世代。爆笑問題さんを見て、芸人になりたいなという気持ちになった。その気持ちがずっとあったんです。それで最近になって、タイタン(爆笑の所属事務所)がお笑い学校『タイタンの学校』を始めたということで、芸人挑戦を決意したんです」

 そこでは同期の現役東大生たちと、ひとまずトリオを結成した。

「東大生とボートレーサーのトリオって面白いなと思って、お願いしました。東大生ってすごいんです。M―1グランプリのネタを全て書き起こして、めちゃくちゃ分析してるんですよ。僕ですか? 僕は舟券の買い方を教えています。この前も100円を550円にして『回収率550%やん!』と(笑い)」

 東大生の頭脳と引き換えに、舟券の魅力を教えたという。

 芸人としての目標は「ボートレーサー時代の月収200万円超え!」とぶち上げる。ただこの月収200万円は、ボートレースで稼いだ賞金ではない。なんと「フライング休みにホストのバイトで稼いだ額」だという。

 ボートレースではスタートでフライングすると、罰則として一定期間休場しなければならない。

「まだ20代前半のころ、フライング休みになって、先輩が『ホストでもやってみれば?』と。その先輩は冗談だったみたいですけど、僕は真に受けてしまって(苦笑)。源氏名は本名からとって『仁(じん)』です。景気が良くてね。でも、お酒が体に合わなかったみたいで、めっちゃ体が痛くなって、それからはやってないです」

 フライング休み中にはほかにもビールの売り子、配送員などいろいろなアルバイトを経験したが、200万円稼げた仕事はなかったという。「レーサー時代も月収200万近い時はあったんですが、200万は超えてない。芸人では、そこは超えたい」と意欲満々だ。

 もちろん元ボートレーサーとしての経験を生かして、解説などの仕事にも取り組むつもりだ。

「気圧が変わるとエンジンの調子も変わるのはもちろん、各場によってガソリンのオクタン価も違う。それで差が出るんです。そういう細かい部分も熟知してますし、選手の性格などもよく知ってます。絶対1着を狙う選手、フライングを怖がってスタートを攻めない選手など、状況によって大きくレース展開は変わります。そういう部分を加味した、元レーサーならではの見方で解説したい」

 もちろん現役選手との交友関係も深い。SG2勝の名レーサー熊谷直樹(55)には「ハワイの合宿に同行させてもらう」ほど、世話になっている。仲良くなったきっかけは三重県・津レース場での出来事だという。

「お金がなくて、東京から飛行機や新幹線を使わず、バスで2000円で行ったんです。最寄りの駅からも結構距離あるんですが、そこは歩いて。そしたら熊谷さんが『お前、面白いな』って。そこから、かわいがってもらってます」
 ボートレースでは手が届かなかったが、お笑いでは“タイトル”ゲットなるか?

 ☆そね・たかひと 1982年7月17日生まれ。愛媛県出身。2003年9月に93期としてプロレーサー登録。競馬好きで「19歳のころから東スポ買ってます!」と東スポ歴20年の愛読者。