【昭和ロックを語る時が来た!】織田哲郎 中学時代のカリスマ・吉田拓郎を認めなかったワケ

2020年09月20日 10時00分

日本のフォークを分析した織田(右)に「面白い指摘ですね」とユカイ(左)

【ダイアモンド☆ユカイ 昭和ロックを語る時が来た!:織田哲郎編】「レッド・ウォーリアーズ」のボーカル、ダイアモンド☆ユカイ(58)が、ゲストを招いて昭和時代に巻き起こった日本のロックムーブメントをひもとく。ゲストはシンガー・ソングライター、作曲家、プロデューサーとして多数のヒット曲を世に送り出した織田哲郎(62)。1970年代にカリスマ的な存在だった吉田拓郎を、中学生だった織田が「認めてなかった」理由とは? さらに日本のフォークが“貧乏くさい”理由を考察。

 ユカイ 織田さんはよく「俺はフォーク少年」って言ってますよね。

 織田 俺にとって、アコースティックギターで弾き語るのが音楽の基本なんだよ。ボブ・ディランを好きだからだろうね。

 ユカイ ディランのファンって、織田さんより上の世代が多いんじゃないですか?

 織田 俺の世代はディランのファンより、ディランに影響を受けたアーティストのファンが多いね。吉田拓郎さんとか。

 ユカイ 拓郎さんは聴いてました?

 織田 イギリスから帰ってきたらはやってたんだけど、あのころの俺は認めていなかった(笑い)。

 ユカイ 認めないって、中学生でしょ?

 織田 中学3年生。先にディランを好きになってたから、拓郎さん聴いて「ボブ・ディランそっくりそのままじゃん! パクリすぎじゃね」って思ってさ。

 ユカイ 拓郎さんはディランからの影響を公言してるし、過去にパクリも認めてますね。それに昭和の日本は、洋楽の丸パクリがけっこうあったから(笑い)。

 織田 寮にいたら、他の部屋から拓郎さんの歌が聴こえてくるんだよ。「あ、いいじゃん」と思ったし、声がいいから聴いてると好きになってくるんだけど、ディランファンとして認めたくなかったから、「レコードは買わねぇ」って抵抗してた。ずいぶん後、「外は白い雪の夜」(1978年)を聴いた時に「いい曲だな。もういいや、買っちゃおう」ってアルバム「ローリング30」を買ってさ。初めて買った拓郎さんのレコード。

 ユカイ 俺もカバーしたけど、名曲ですよね。拓郎さんは当時の若者にとってどんな存在でした?

 織田 圧倒的な存在だったよ。音楽業界というより、日本の若者文化の一番のスター。

 ユカイ 他のフォークシンガーは聴かなかったんですか?

 織田 あんまり聴かなかったね。日本のフォーク全体に漂う貧乏くささが好きじゃなくてさ。アメリカのフォークとは違うんだよ。アメリカから入って来たものなのに、どこでどうこじらせたのか。

 ユカイ それは面白い指摘ですね。織田さんは洋楽が好きだったから気になったんだ。言われてみればアメリカのフォークのかっこ良さが消えて、日本には別のフォークが生まれてた。

 織田 演歌の「貧乏」「苦労」的な部分がフォークに混じって、妙なあんばいになってる感じ。なんだこの貧乏くささは、と思ってさ。俺はギターを弾き出してすぐにプロになりたいと思って、当時から作曲してたんだけど、こういうのの影響は受けちゃいけないと思ってた。
 ユカイ それはいくつの時?

 織田 中3の時だね。

 ユカイ そんな時から曲を作ってたんですか。

 織田 いろいろ作ってたよ。当時の日本のフォークとは違う方向性のものを作らなきゃと思いながら。

 ユカイ 自分のバンドでオリジナルを演奏したりは?

 織田 高校に入って初めてトリオ編成のバンドを組んだけど、やっていたのはジミ・ヘンドリックスとか洋楽。オリジナル曲を発表したのはプロになってからだね。

 ユカイ 初めて組んだバンドはどんなバンドでしたか?

 織田 グダグダで、あんなひどい演奏は見たことがない(笑い)。だから俺、たまにアマチュアバンドコンテストの審査員やるんだけど、どんなに下手でも優しい目で見てますよ(笑い)。先のことはわからないじゃん。

〇…おだ・てつろう 東京都出身。シンガー・ソングライター、作曲家、プロデューサー。1979年デビュー。80年代半ば以降、作曲家として「シーズン・イン・ザ・サン」「負けないで」「おどるポンポコリン」などのヒット曲を手掛け、自身のシングル「いつまでも変わらぬ愛を」もミリオンセラーに。累計シングル販売数4000万枚以上。ダイアモンド☆ユカイらとのバンド「ROLL―B DINOSAUR」で2枚のアルバムをリリース。「織田哲郎 LIVE TOUR 2020 一寸先はYummy!」は26日から一般発売スタート。10月24日に名古屋、25日に大阪、11月6日に東京で開催。詳細は公式サイト(t―oda.jp)へ。

〇…ダイアモンド・ユカイ 1962年3月12日生まれ。東京都出身。86年にレッド・ウォーリアーズのボーカルとしてデビュー。89年に解散後、数度再結成。最新ソロアルバム「The Best Respect Respect In Peace…」が発売中。