槇原敬之被告 2億円超の大損害も悠々自適 ラッキーの連続で芸能界早期復帰も

2020年08月04日 11時30分

東京地裁を出る槇原被告(顔写真)を乗せたと思われる車

 覚醒剤取締法違反(所持)などの罪に問われた人気シンガー・ソングライター槇原敬之被告(51)の判決公判が3日に開かれ、東京地裁は懲役2年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。一昨年、覚醒剤事件で先に有罪判決を受けた20年来の元パートナーA氏(44)と同じ量刑となった。コロナ禍に開かれた今回の裁判だが、マッキーにはラッキーが重なったとみられている。

 前回の初公判(先月21日)はわずか45分ほどで閉廷。コロナの影響か、かなり簡素化された印象で、被告への追及もそれほど厳しくなかった。

 槇原被告が覚醒剤の調達役としていたのは、昨年11月に“賠償金”を払って関係を断ったA氏とされる。2018年3月にA氏が先に捕まったのを機に、東京・港区の同居マンションから渋谷区に建てた大豪邸へ引っ越して以降、槇原被告は警察にマークされていた。

 同年4月30日、羽田空港付近を車で走行中に職務質問を受けて尿検査。同7月9日にも尿検査を受け、ともに陰性だった。覚醒剤が0・056グラムと0・027グラム検出されたガラスパイプ2本は、同9月11日実施の捜索で差し押さえられたものだと、前回の公判で明らかになっている。

 渋谷の豪邸からは、セックスドラッグのラッシュも押収された。前の家からの引っ越し荷物を整理しようとしたら出てきたそうで、槇原被告は「同居する(現)パートナーが使ってはいけないと思い、鍵付きのタンスに入れました」と証言。そのタンスは2階寝室にあり、ラッシュは「使わなくなったり、いらなくなった物」をまとめた小箱に入れていた。

 こうした薬物をここ数年は使ってない理由について、槇原被告は「1人で使っていたこともあり、楽しくなかった」などと話した。

 弁護人は最終弁論で「(ラッシュの)箱は汚れやホコリがたまり、いらない物がたくさん乗っていた。長い間使っていなかったことは明らか」などと主張。だが、検察側は冒頭陳述で「20歳のころからラッシュを繰り返し入手、使用していた。(中略)前回(1999年)、有罪判決を受けた後も、ラッシュと覚醒剤を使用していた」とした。

 これが事実なら槇原被告はクスリ歴約30年のベテランだ。裁判長も「また覚醒剤に頼ってしまう危険性については?」と聞いたほどだが、本人は「今は本当に…本当に今はないです」。現パートナーのことをたびたび引き合いに出し、“もうクスリなんてしない”理由にカレの存在を挙げた。「クスリを使わなくても十分幸せを感じている」というノロケ発言まで飛び出した。

 言わば公の場(法廷)で、二度とクスリを使わない理由を示すため、カレの存在を告白した結果、執行猶予付きの判決を勝ち取ったとも言える。

 いずれにせよ今回の裁判、槇原被告にはラッキーが重なった。

 2月に逮捕、3月に保釈されてから、コロナ禍で裁判は大幅に延期され、この事件に対する世間の関心も薄れた。この日、傍聴券の抽選に並ぶ人数も、これまでのドラッグ芸能人の裁判と比べ激減した。一般傍聴席29席に対し、並んだ希望者は204人だった。

 先月21日の初公判でも報道されたのは翌日だけで、週刊誌は一切取り上げなかった。というのも連休の合併号休みと重なった上、芸能界では三浦春馬さんが急逝、TOKIO長瀬智也のジャニーズ退所など、ビッグニュースが続いたためだ。

 槇原被告にとって今年はデビュー30周年の記念イヤーだったが、事件によりフッ飛んだCMやテレビ出演の賠償金は約8500万円。そのうえ記念アルバムの発売と全国ツアーも中止となり、1億8000万円の見込み売り上げもパァになった。

 ただ「ヒット曲がたくさんあるし、カラオケとかの印税が入ってくるからカネには困らないだろう。あのASKAだって、印税収入だけで年間6億円といわれるし」と音楽関係者は指摘する。

 活動休止を発表した槇原被告だが、ラッキーも重なり、早々と芸能界に戻ってくるかもしれない。