市川右團次が誓った山本寛斎さんの〝遺志〟継承

2020年07月30日 06時15分

市川右團次

 故人の遺志を継いでいく――。急性骨髄性白血病のため、21日に死去した世界的ファッションデザイナーの山本寛斎さん(享年76)に対する思いを歌舞伎俳優・市川右團次(56)が本紙に打ち明けた。

 右團次は29日、大阪府主催の「大阪文化芸術フェス2020 歌舞伎特別公演」(9月11~13日、クールジャパン大阪TTホール)の会見に出席。寛斎さんの訃報について「パンチが効いたというか…ビックリしましたね」と語った。

 寛斎さんは長年、若きファッションデザイナーの卵を応援する「日本元気プロジェクト」を開催してきた。今年の「日本元気プロジェクト2020」(31日にオンライン配信)の開催にあたり右團次は、寛斎さんの弟子から「1971年の寛斎さんのデビュー作で、歌舞伎にインスパイアされた『凧絵』を、本物の歌舞伎役者の方に着ていただきたい」とオファーを受けた。

 これに対し右團次は、「私も3代目市川猿之助、今の2代目市川猿翁に育てていただき、世に活躍の場を与えていただいた。人材育成に重きを置いてきたのは同じ。寛斎さんが若い人たちに夢や勇気や元気を与えた姿にすごいと思ったし、お弟子さんの熱意もすごかった」と出演を快諾した。

 2月から闘病中だった寛斎さんとは、直接会うことはかなわなかった。右團次は「ファッションモデルさんしか着てないし、着こなせるか不安もあった」と言うが、凧絵をまとった右團次の映像を見た寛斎さんが喜んでいたと聞いたそうで、「本当に明るい方だったから、当日も〝寛斎スマイル〟で包んでくださるんじゃないかな」。

 そんな右團次も、息子の二代目市川右近が歌舞伎役者としての道を歩み始めるなど、歌舞伎を後世に伝えていく役割を担っている。

「そうした共通する部分には私も刺激を受けましたね」

 寛斎さんの思いは、ジャンルを超えて受け継がれていく。