44MAGNUM、布袋寅泰ら山本寛斎さんの衣装をまとっていたロッカーが追悼

2020年07月28日 14時57分

布袋寅泰

「独創的…病気は突然に何もかも奪ってしまう。悔しい。R.I.P.」と44MAGNUMのボーカリスト梅原〝PAUL〟達也は、SNSで山本寛斎さんを追悼した。

 パーキンソン病と闘病しながら、ステージに立ち続けている梅原の追悼コメントには重みがある。

 日本を代表するヘビーメタルバンドの先駆けの44MAGNUMだが、1987年の4枚目のアルバム「LOVE or MONEY」でポップロック路線に転じたころに、山本さんの衣装を纏っていた。

 音楽ライターは「テレビの音楽番組に出演して『LOVE or MONEY』を演奏する映像がユーチューブにありますが、それが梅原の投稿で、山本さんの服だったということが判明して再注目されています。アイドルやビートロックを彷彿とし、当時は違和感を感じたファンも多かったカラフルなスーツ姿の44MAGNUMでしたが、布袋寅泰よりも7年早く山本さんの服を衣装にしていたのです。1985年に発売の『FOUR FIGURES』で梅原のソロ曲のギターを弾いた布袋寅泰が影響受けたのかもしれません」と指摘する。

 布袋も28日にインスタグラムで山本さんを偲んだ。

「1994年に東大寺で行われた〝AONIYOSHI〟というイベントでは夢叶い、ステージ衣装を作っていただいた。会場ですれ違う多くのビッグネームアーチストから、『その衣装素晴らしいね』と声をかけられた。心の声で『だって山本寛斎だもの!』と誇らしかった」

 日本のロックシーンに山本さんが与えた影響も多大だった。