29日に亡くなった志村けんさん(享年70)の肺炎治療には、人工心肺装置「ECMO(エクモ)」が使用されたが、それでも命は助からなかった。エクモは「体外式模型人工肺」の略称。

 事情を知る関係者は「20日に搬送され、21日から亡くなるまでずっと意識はなかった。コロナウイルスの特性から親族や事務所関係者も面会謝絶。陽性反応が出た23日は容体が悪化し、一時重篤になった。人工呼吸器をつけ、ICU(集中治療室)で治療を続けていた」と明かす。

 24日にはエクモを求めて新宿区の病院に転院。

「人工呼吸器の出力に志村さんの肺が耐えられないと判断され、自己肺を休めて回復を促すエクモに切り替えた」(同)

 近年、禁煙していたというが、それまではヘビースモーカー。飲酒は続けており、毎晩のように銀座、六本木で飲み明かしていた。

 今年1月に定期健診で胃のポリープが発見され、摘出手術のため6日ほど入院。経過は順調でその後、仕事復帰。「都内の自宅で転倒し、足を打撲したことはあったが、少なくとも今月17日に倦怠感を覚えて自宅で療養するまでは、いつも通り飲みに出かけていた」と芸能関係者は明かす。

 2016年に肺炎で入院したことはあったが、「コロナに感染しなければこんなことにはならなかった」(同)と嘆く。

 医療関係者は「病院に搬送された時点で志村さんのレントゲン写真には肺全体に白い影が広がっていた。転院先の病院には感染症のスペシャリストが常駐。エクモを使用した際の生存率は100%に近かったため、安堵する声もありましたが、エクモがコロナを殺すわけではない。自己肺の回復力が重要となるが、志村さんの場合はコロナの影響で肺の状態が著しく悪かった」(同)。

 コロナの残酷さは死後も続く。葬儀・告別式は「近親者のみで執り行う」としたが、遺体にお別れすることもできないというのだ。「亡くなってもコロナウイルスは体内に残る。ひつぎの窓は固く閉ざされ、参列しても献花もできない。今回は先に火葬するようだが、亡きがらに感謝の気持ちを伝えることもままならないのが“コロナ死”のつらいところだ」(同)

 華やかな大スターがこんな最期を迎えるとは…。