「ソウル・マコッサ」で世界的知名度 コロナでアフロ・ミュージックの巨星堕つ

2020年03月28日 17時00分

新型コロナ禍に巻き込まれたマヌ・ディバンゴさん

 新型コロナウイルスで世界中の著名人が次々と死に追いやられている。アフロ・ミュージックの巨星、マヌ・ディバンゴさんも24日、新型コロナに感染してパリ地域圏にある病院で亡くなった。86歳だった。

 カメルーン出身でジャズサックス奏者のディバンゴさんは、1970年代前半にフランスのフィエスタレーベルからアルバムをリリースしてデビュー。「ソウル・マコッサ」(72年)の大ヒットによって世界的にその存在を知られた。

 同曲はマイケル・ジャクソンさんやカニエ・ウェスト、ジェイ・Zなどの作品でサンプリングされ“アフロ・ジャズ/ファンク”の名曲として知られている。

 33年にカメルーンで生まれたディバンゴさんは、アフリカの音楽を世界に広めた。15歳のころ、勉学のためフランスに留学。当時、欧州をジャズが席巻しており、その波に乗るように音楽の道に進むことになった。

 50年代にフランスとベルギーで音楽修業を重ねると、アルト・サックスで頭角を現し、同時にピアノやビブラフォンなどマルチな演奏技術を身につけ、60年代にはニノ・フェレールら当時のフランスの歌手のアレンジャーとして活躍。

 そして、60年代末からは、自身の名義で活動するようになる。そこから「ソウル・マコッサ」が生まれた。

 80年代以降も精力的に活動を続け“パリ発ワールド・ミュージック”が注目されるようになると、アフリカ出身ミュージシャンの顔役的な存在に。エレクトロポップやヒップホップなど、時流にも敏感で、それらのエッセンスを取り入れた作品を世界に送り出した。

 来日公演も行った。日本に招聘したハイライフ社の藤田康祐樹氏は「88年1月が当社における最初の公演でした。ライブのクオリティーが高く、マヌ本人の演奏はもちろん、バンドメンバーのその質の高さにも本当に驚かされました。ベーシックな音の構成がピカイチでした」と語る。

 アフリカ音楽の第一人者として活躍し、世代を超え、愛され続けてきた偉大な音楽家の死は、間違いなく大きな損失だ。

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