89歳死去・竹村健一氏 独特の髪型、辛口コメントで人気

2019年07月12日 17時00分

パイプがトレードマークだった竹村氏(1977年)

 パイプをくわえて「だいたいやね~」で始まる関西弁の辛口コメントで知られた評論家の竹村健一氏が8日午後7時38分、多臓器不全のため東京都内の病院で死去していたことが明らかになった。89歳だった。

 大阪府出身の竹村さんは1953年、京大を卒業後、毎日新聞に入社。その後、フルブライト奨学生として米国に留学。英文毎日記者の傍ら、英会話入門書やラジオの台本を執筆していた。追手門学院大助教授なども務めた。60年代後半からは本格的な評論家活動に入った。

「世相講談」(日本テレビ系)、「竹村健一の世相を斬る」(フジテレビ系)、「報道2001」(フジ系)などのテレビ番組では、関西弁で歯に衣着せぬ物言い、分かりやすい時事解説で人気を博した。70年代に始まった「世相講談」でアシスタントを務めていたのが、いまや東京都知事の小池百合子氏だった。

 独特の髪形はタモリに「チャンター分け」とも呼ばれ、常にパイプを持ち、どんな大物にも同じ態度で接する姿勢を貫いた。醸し出す独特の雰囲気で強烈なキャラクターとして多数のCMにも起用され、手帳を持ち「私なんか、これだけ」(80年、明光商会「MSシュレッダー」)や「デリーシャスよ、奥さん」(81年、キッコーマン「デリシャスソース」)など、出演したCMのせりふは流行語になった。政治や外交、経営など多方面を論じ「マクルーハンの世界」など500冊以上の著書がある。

 家族が11日に発表した談話によると、竹村氏は80歳で引退し、旅行やテニスを楽しんでいた。最近の約2年間は入退院を繰り返し、誤嚥(ごえん)性肺炎などで危険な状態になったこともあったという。

 家族は「いつも笑いの絶えない病室だった。回復力で私たちを驚かせてくれた。最期は家族に見守られ、旅立った」としている。葬儀は近親者で密葬を行ったという。