三田佳子“大女優”へのきっかけ 超大物俳優との予定外“恥”シーン

2019年07月06日 17時00分

発起人の三田佳子

 俳優の北大路欣也(76)、三田佳子(77)が5日、都内で行われた「佐藤純彌監督、坂上順プロデューサーを偲ぶ会」に出席。それぞれが報道陣の取材に応じた。

 今年2月に86歳で他界した佐藤監督は、1956年に東映に入社。63年にブルーリボン新人賞、2005年に「男たちの大和/YAMATO」で監督賞を受賞した。

 5月に79歳で他界した坂上さんは62年に東映入社。佐藤監督の「新幹線大爆破」や「鉄道員(ぽっぽや)」など名作を世に送り出した。

 発起人の1人、北大路は「お二人には大変お世話になりました。坂上さんには20歳の時に『海軍』(1963年)という映画で。プロデューサーとしてフォローしてくださいました。佐藤監督は優しかった。だから、怖いんです。いい仕事をしないといけないから」と先輩たちとの思い出を語った。

 三田は「坂上さんが『今度、佐藤監督の偲ぶ会をやるから発起人になってくれ』と言われて、私は発起人になったんですが。まさか、2人を同時に送る会になるとは…。人生のはかなさというか、私たちは常に(芝居という)空想の世界で生きていますが、現実を突き付けられた」と偲んだ。

 佐藤監督には「愛欲」(1966年)で“女優としての心構え”を学んだという。ワンシーンワンカットという長回しの撮影で、当時25歳の三田と故三國連太郎さんとのラブシーン。「玄関からスリップ一枚で三國さんに覆いかぶさる芝居だったが、それがはだけた。下着もつけるわけにもいかないので、三國さんに(裸を)見られたんです」と若い三田には厳しい状況だった。

 だが「佐藤監督に『よりによってあの人に見られちゃった』と泣いてたら、監督は『まあ、いいんじゃないか』と(諭してくれた)。その時、女優は一つひとつ自然体でいることが大事なんだと学びました」と三田。のちの大女優を生み出すきっかけとなったそうだ。