小林麻耶を甦らせた生島ヒロシの“魔法”

2019年06月12日 11時00分

芸能活動を再開する小林麻耶

 昨年7月に電撃結婚し、翌8月には所属していた芸能プロを退所、芸能界引退を公表していたフリーアナウンサーの小林麻耶(39)が10日、“大先輩”のフリーアナ・生島ヒロシ(68)が会長を務める「生島企画室」に、夫婦揃って所属することを発表した。1年足らずで再始動の裏には、大先輩から送られた“金言”があったという。今後は、今まで見られなかった女優としての活動にも前向きだ。

 麻耶は10日、自身のブログ「まや道」を更新し「この度、生島企画室に所属する運びとなりました」と、生島が率いる同事務所に所属し、芸能活動を再開すると発表した。また、昨年7月に麻耶と結婚した整体師の國光吟氏もブログで「この度、あきら。として生島企画室に所属する運びとなりました」と同時発表。夫婦揃って同事務所に所属することが決まった。

 もともとTBSの看板女子アナで、2009年にフリーになった麻耶にとって生島は、同じTBSからフリーとなった大先輩アナだ。とはいえ、生島がフリーとなったのは1989年。03年入社の麻耶とはほとんど接点はなかった。

 そんな麻耶が生島企画室に所属するきっかけとなったのは、生島の著書「どん底に落ちてもはい上がる37のストーリー」(ゴマブックス)だ。この本で生島は、東日本大震災で亡くした妹夫婦について「悲しみを忘れたことはないし、悲しみが癒えることはきっとない。でも、残された僕たちは、突然人生の幕を下ろされてしまった彼らの命も背負って、全力で生きていく」と記した。

 一昨年、乳がんで妹・麻央さん(享年34)を亡くした麻耶は、この部分に強く共感し、生島にコンタクトを取った。するとその後、とんとん拍子に事務所所属の話が進んでいったという。

 また麻耶は昨年、芸能界引退を発表した理由について、後にテレビ番組で「マスコミに追いかけられて、身も心もボロボロになった」と告白。麻央さんの闘病生活時に追い詰められたと明かしていた。そんな麻耶に前を向かせたのは、生島が教えた“ある言葉”だった。

 生島企画室の関係者は「生島さんは麻耶さんと会った際、『50を過ぎたら、世間の目を気にして生きていくのはやめた。世間が責任を取ってくれるわけではない。私は私らしく生きる』というエッセイストの桐島洋子さんの言葉を贈ったそうです。この言葉に、いろいろ周囲を気にして悩んでいた麻耶さんも“その通りですね”と背中を押され、本格復帰を決断したそうです」と明かした。

 再始動が決まった麻耶は、もうやる気全開だという。

「バラエティー番組への出演や、講演活動に至るまで『とにかくいろいろなことにチャレンジしていきたい』と話しています。今まで取り組んでこなかった女優業にも前向きです」(同)

 今後は國光氏との夫婦共演に加え、「女優・小林麻耶」として映画やドラマなどに出演する姿も見られそうだ。