横山やすしさんの弟子・たかしさん70歳で死去 厳しい師匠に耐え上方漫才大賞受賞

2019年06月03日 17時00分

亡くなった横山たかしさん(左)と相方のひろし

 漫才コンビ「横山たかし・ひろし」で活躍し、金色のスーツを着た大金持ちのキャラクターで知られた横山たかし(本名・山高孝)さんが1日午前3時51分、多臓器不全のため大阪市の病院で死去したことが2日、分かった。70歳。愛媛県出身。葬儀・告別式は近親者で行った。後日、お別れの会を開く予定。

 1968年に相方の横山ひろしと出会い、コンビを結成。故横山やすしさんに師事した。70年代に荒唐無稽な「ほら吹き漫才」を始め、90年代からは金色のスーツを着た「大金持ちのお坊ちゃま」を自称するキャラクターで人気に。「すまんのお」というせりふや、ハンカチをかんで泣き言を言うギャグで観客を笑わせた。94年に上方漫才大賞を受賞。最後の舞台は昨年12月に大阪市で開かれた「松竹名人会」だった。

 相方のひろしは「自分たちにしかできない漫才ができて、本当に幸せだった。いい夢を見させてくれた。大きなけんかはしたことがなかった。仕事場に2人で一緒に行くことも多く、同郷(愛媛県)ということもあり、お互いに思い合えた関係だった。日本一の漫才師であり、最高の相方でした」とコメントした。

 お笑い関係者は「やすしさんの弟子で、漫才師として活躍できたのは『たかし・ひろし』だけ」と断言する。破天荒な性格で知られるやすしさんは、弟子への厳しさも有名だった。

「普段から殴る蹴るは当たり前。運転手をしていても、後部座席から『前の車を抜け!』などと言われ、その通りにしないと後ろから頭を蹴られたり。だから、やすしさんの弟子になっても、みんなすぐ辞めてしまう。でも『たかし・ひろし』だけは耐えた。当時、全盛だったやすしさんから逃げ出したら、もう漫才をできるところはなくなってしまうから」(同)

 それほど漫才に熱い情熱を持つコンビだったという。