【山上徹二郎 40年目の春】「OUT OF PLACE」完成から2年後に早世 佐藤真監督を失った喪失感は今も心の中に…

2022年04月17日 10時00分

シリア南部、ゴラン高原の村にて。右から2人目が佐藤真監督、4人目は助監督・通訳のナジーブ・エルカシュさん
シリア南部、ゴラン高原の村にて。右から2人目が佐藤真監督、4人目は助監督・通訳のナジーブ・エルカシュさん

「エドワード・サイードOUT OF PLACE」は佐藤真が監督でなければ完成していなかっただろう。彼にとって、過重なプレッシャーの中での映画製作であったと思う。エドワード・サイードという「知の巨人」の思想とそのルーツ、そしてパレスチナ・イスラエルの問題に象徴される、分断されたアラブ世界をめぐる撮影の旅は、肉体的にも精神的にも過酷なものだった。

 そのような映画の監督を佐藤真に託したことに、今もいくらか逡巡の想いがなくもない。映画製作に当たって、プロデューサーは映画監督とどのように作品を共有すべきなのか。映画を監督するという行為は極めて繊細なものであり、時には精神を病むぎりぎりまで追い込むような重圧を監督に強いることさえあるのだ。

 レバノン、シリア、エジプト、イスラエル、パレスチナ、米国を回り、アラビア語、ヘブライ語、英語という3言語による33人へのインタビューを試み、200時間を超える取材映像が集められた。その膨大な映像から、最終的に2時間17分の作品に仕上げるのに、編集・仕上げの時間は2か月しかとれなかった。ドキュメンタリーの編集の名手でもある佐藤監督にとって、編集の時間が充分でなかったことは最大のプレッシャーだったはすだ。編集に関わったスタッフたちの献身的な伴走がなければ、映画をまとめ上げることはできなかったかもしれない。

 映画のエンディングには、コロンビア大学サイード・メモリアルレクチャーでの、ダニエル・バレンボイムによるピアノ追悼演奏「シューベルト 即興曲」を現場録音のまま使った。パレスチナ人のサイードと、ユダヤ人であるバレンボイムは、イスラエル=アラブ混成オーケストラ「ウエスト=イースタン・ディヴァン」を組織し、音楽を通して寛容と共存を若い世代に伝えようと活動していた同志だった。

 映画完成後、サイードが在籍していたコロンビア大学で上映が組まれ、佐藤監督とジャン・ユンカーマンさんが参加した。生前のサイードを知る大学の教授たちから、上映後様々な感想や鋭い質問が浴びせられたと聞いた。その後、日本での公開時には大江健三郎さんによる追悼講演と、米国からマリアム・サイード夫人を招聘し、講演をお願いした。

 映画完成から2年後、佐藤真は早世した。享年49。これからも一緒に映画を作りたかった監督であり、彼を失った喪失感は、今も心に刺さった棘のように、深い痛みとともにある。

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