【昭和ロックを語る時が来た】キャシー中島が見た伝説の「不良」バンド

2020年06月06日 10時00分

盛り上がるユカイとキャシー

【ダイアモンド☆ユカイ 昭和ロックを語る時が来た:キャシー中島編(8)】「レッド・ウォーリアーズ」のボーカル、ダイアモンド☆ユカイ(58)が、ゲストを招いて昭和時代に巻き起こった日本のロックムーブメントをひもとく。今回はゲストのキャシー中島(68)が、「ぎんざNOW!」など出演番組で見たキャロルやクールスにまつわる話を明かす。(隔週連載)

 ユカイ:「ぎんざNOW!」といえば、キャロルもレギュラー出演してましたね。

 キャシー:レギュラーになったのは私が辞めた後ね。キャロルが出てきた時、私が知っているバンドとは毛色が違うな~というイメージでした。

 ユカイ:不良イメージがですか?

 キャシー:彼らも横浜を拠点にして、ハコバンやって出てきたでしょう。横浜のそのかいわいには不良はいないの。みんなそうだから(笑い)。ジョニー(大倉)は友達の友達がいたのでよく話したけど、(矢沢)永吉さんとは話してなかったな。

 ――近寄りがたい空気を出していたんですか

 キャシー:そんなことない。終わった後にファンの人と話したり、普通でしたよ。永吉さんはキャロルを組む前にゴールデンカップに出ていたし、彼の「チャイナタウン」とか「ニューグランドホテル」とか聴くと、あのころの横浜が好きだったんだろうなと思います。私たちも大好きでした。青春だったから。いま、当時を思い出せる場所がどんどんなくなってるのは寂しいですね。

 ユカイ:キャロルの親衛隊だったクールスも出てましたね。

 キャシー:それも私が辞めた後ね。クールスは忘れられないことがあるんだけど、その前に、私、CMの撮影で海外に行くから、1クールで「ぎんざNOW!」を降板したって話したでしょ。その撮影が終わって日本に戻ってきて、「ぎんざNOW!」のプロデューサーに「帰って来たから仕事したい」って言ったの。

 ユカイ:そんなの受け入れられるんですか?

 キャシー:そしたら「『ぎんざNOW!』には戻れないけど、今度、夜に『ぎんざナイトナイト』(1972年10月~75年)って生番組を始めるから、やる?」って言うから「やります」って。

 ――なんとおおらかな!

 キャシー:ね~。当時は許されたんですよ。自分から辞めといてまたやりたいとか、今だったら叩かれて大変なことになっちゃうよね。で、その後、テレビ朝日の「プレイタイム23」(76年9月~)の司会をやることになって、ゲストにクールスが来たんです。モデルの仕事をよく一緒にやってた結城アンナちゃんが岩城滉一さんと付き合っていたので(後に結婚)、岩城さん、来るのかなと思ってたらいなくてね。

 ユカイ:バンドの方のクールスですね。岩城さんは舘ひろしさんとバイクチームのクールスを結成したメンバーだけど、バンドの方には加わらなかったから。

 キャシー:スタッフがメンバーに「リハーサルお願いします」って言ったら、「リハなんかしねえよ!」ってキレだしたのよ。みんな目がつり上がってるし、え! 何これ!? どうしたのって。

 ユカイ:舘さんがキレたんですか?

 キャシー:舘君ではなく、誰かわからないけど、ハーフの子だったかな。舘君は笑ってました(笑い)。舘君とはね、六本木にあった「パブ・カーディナル」って店でよく顔を合わせてたのよ。モデルとかオートバイ好きのたまり場でね。お互いに顔を知っていたのに、私の司会の番組でそんなことやるってビックリしちゃった。インタビューしなきゃいけないのに大丈夫かな?と思ったら、女の子にはそんなことせず、普通にできました。男性の司会はビビって来なかったので、一人でやったんですけど(笑い)。

 ユカイ:クールスは「不良」で売ってましたからね。

 キャシー:夫の勝野(洋)と舘君が親友になって、今では仲良しです(笑い)。

☆きゃしー・なかじま=1952年2月6日生まれ。米・ハワイ出身。3歳のころから日本に拠点を移し、69年にCMモデルとしてデビュー。歌手、テレビタレントとして活躍する。72年からパッチワークを始める。79年に俳優の勝野洋と結婚。静岡県御殿場市に移住し、87年に同市にパッチワークの教室をオープン。現在はタレントとして活動する一方、全国に6店舗のキルトスタジオを開き、後進の指導に励んでいる。

☆ダイアモンド・ユカイ=1962年3月12日生まれ。東京都出身。86年にレッド・ウォーリアーズのボーカルとしてデビュー。89年に解散後、数度再結成。最新ソロアルバム「The Best Respect Respect In Peace…」が発売中。