渡辺淳之介氏「自分が必死になって楽しむものをもう一回やろう」とBiSH始動

2020年05月30日 10時00分

14年2月、新宿のフリーライブで解散宣言をしたBiSのカミヤサキ、ファーストサマーウイカ、コショージメグミ(左から)

【WACK渡辺淳之介社長インタビュー「BiSHができるまで」(8)】「楽器を持たないパンクバンド」として大人気の女性6人組グループ「BiSH」。人気になった裏には“仕掛け人”として知られるプロデューサー、所属事務所WACKの渡辺淳之介社長(35)の存在がある。渡辺社長はいかにして独自のプロデュース術を手に入れたのか。今回は「BiS」が人気を得ていった過程を振り返る。渡辺氏の分析は?(隔週連載)

 ――いろいろありながらも、BiSは横浜アリーナで解散コンサートを開けるほどのグループになりました

 渡辺氏:満員にはならなかったですけど、本当にウルトラCというか、それぐらいの感じでした。

 ――振り返ると人気になったのは何が良かったからでしょうか

 渡辺氏:「時代」ですね。時代が良かったんですよ。僕たちがBiSを始めた2010年は、ちょうどAKB48がドーンとブレークし、ももいろクローバーの人気が上がり始めて1000人規模でやりだしたころで、でんぱ組.incもブレークに向かっている時期でした。今よりアイドル文化のパイが大きかった気がします。

 ――2010年、AKB48は「ポニーテールとシュシュ」がその時点での過去最大のヒット曲となり、選抜総選挙で1位を取った大島優子がセンターの「ヘビーローテーション」がさらに大ヒット。前田敦子と大島がセンター争いを繰り広げていました。ももクロは5月にメジャーデビューし、翌年4月に「ももいろクローバーZ」に改名し大ブレークしました

 渡辺氏:そういう時代でしたからね。今、あの時と同じようにBiSをやっても、うまくいくとは思えません。それに加えて、当時は許されたけど、今なら抹殺されそうなことばかりやってましたし(笑い)。

 ――と言いますと

 渡辺氏:全裸PVなんてまさにそうです。あのころは「ヘンなことやってるから面白い」と一緒に面白がってくれるノリがありましたが、今は「ヘンなことやってるから潰せ!」という声が大きくなるじゃないですか。あのPVは9年前かな。あの時代だったから許されたけど、今だったらバッシングされて、僕は町を歩けないでしょう。この数年でだいぶ変わった気がします。厳しい方に。ちょっと寂しいですね。

 ――そういう意味でも、いい“時代”だったんですね。2014年7月のBiS解散後、渡辺さんは当時の会社をやめてWACKを立ち上げ、15年1月に「もう一度BiSをやる」とBiSHの始動を宣言しました。前の会社に残ったままやろうとは考えなかったんですか

 渡辺氏:当たり前だけど、会社にいると上司のサインとか、許可取りや確認作業がいっぱいあるじゃないですか。PVにいくら使えるかとか、そういうのをいちいち話して許可取らなきゃいけないのが面倒くさかったんですよ。自分の裁量で好きにやりたかったんです。あと、松隈ケンタさんのプロデュースをしたいというのもありましたから。

 ――またBiSのようなグループをやりたいと思ったのはなぜでしょう

 渡辺氏:いろいろあったし、大変だったけど、BiSをやってた時は本当に楽しかったんです。自分が必死になって楽しむものをもう一回作ろう、というのがBiSHです。

 ――そのオーディションで、今や大人気のアイナ・ジ・エンドを落とそうとしたというのは本当ですか

 渡辺氏:あ、はい。本当です。だってオーディションで全く空気が読めないことをやったんですよ。(次回に続く)

☆わたなべ・じゅんのすけ=1984年生まれ。東京都出身。早稲田大学卒。デートピア、つばさレコーズを経て2014年8月に株式会社WACK設立。代表取締役に就任。つばさレコーズ時代にBiSを立ち上げ、マネジャー兼プロデューサーとして数々の伝説的プロモーションを行う。14年7月に第1期BiSは解散。15年1月に「BiSをもう一度始める」とBiSHを始動した。