BiS知名度ぐんぐん上げた“仕掛け”全裸PV 色物扱いされる“弊害”も…

2020年05月16日 10時00分

メンバー交代後、解散直前にはプロレスにも“参戦”した

【WACK渡辺淳之介社長インタビュー「BiSHができるまで」(7)】「楽器を持たないパンクバンド」として大人気の女性6人組グループ「BiSH」。人気になった裏には“仕掛け人”として知られるプロデューサー、所属事務所WACKの渡辺淳之介社長(35)の存在がある。渡辺社長はいかにして独自のプロデュース術を手に入れたのか。今回は第一期BiS誕生の経緯と「全裸PV」などの“仕掛け”について語る。今も悔いている失敗プロモーションとは? (隔週連載)

 ――BiSを始めるきっかけは、プー・ルイが渡辺さんのことを「大嫌いだったから」ってどういうことですか

 渡辺氏:僕も若かったから、オーバープロデュースというか、彼女に対していろいろやり過ぎちゃったんですね。「こういう言動をしようね」と指示したり、ブログを勝手に書いたり…。それでかなり嫌われていたんです。

 ――ブログを勝手に!? そうしたことが積み重なり、怒ったプー・ルイが渡辺さんが嫌がりそうなこととして「アイドルグループ」と言いだしたんですね

 渡辺氏:僕の嗜好と真逆のことを。僕を困らせるチャンスだと思ったんでしょうね。あの時は「バカか!」と思って「本気か?」と問い詰めたけど、「もうやるって決めた!」と言って譲らないから…。

 ――BiSがそんなきっかけから始まっていたとは…。しかし、2010年11月からの3年半ほどの活動で、横浜アリーナで解散コンサート(14年7月)をできるほどのグループに

 渡辺氏:ソロの時はCDは売れないし、ライブのお客さんも数人だったのに、「アイドルグループ」として活動し始めたら、CDの売り上げも動員も急に増えたんですよ。これで良かったのか、じゃあこっちでやろうと。

 ――切り替えが早い! 1stシングル「My Ixxx」(11年8月)の“全裸PV”は大きな話題になりました

 渡辺氏:動員がソロの時より増えたとはいえ、まだまだでした。もっとたくさんの人に振り向いてもらえるよう、何か目立つことをやらなきゃと、PVの監督と話している中で出たアイデアです。あと、やはりひと言で表現できるキャッチコピーみたいなのが欲しかったんです。「アイドルなのに全裸」とか。そういうキーワードにこだわっていた時期で、これで見てくれるんじゃないかと。

 ――メンバーは拒否しなかったんですか

 渡辺氏:ちょうど1人辞めて(11年6月)、残った3人も僕も「辞めたことを後悔させたい!」みたいな気持ちとか、「何でもやる!」という気概があったんです。嫌がっているのにやらせた、とかではないですよ。当時僕がいたつばさレコーズもよく許してくれました(笑い)。

 ――結果としてPVはバズり、BiSはいきなり知名度を上げました

 渡辺氏:そうなんですけど、あのPVを作ったことによる“弊害”みたいなものもあって、BiSが色物として見られるようになったんです。もちろん、色物的ではあったんですが、色物扱いされることが多くなっちゃったんですね。

 ――渡辺さんはBiSのプロモーションのために、他にも様々な“仕掛け”をしましたが、振り返って失敗したと思うものは

 渡辺氏:avexからメジャーデビューした後、メンバーの仲が悪かったので、ひとりの悪口をPVにのせたことがあって、あれはやり過ぎました。僕としては、本心を伝えてぶつかって乗り越えよう、というつもりだったんですが、本当に溝が深かったのと、やっぱりこっちが考えているようにうまくいくわけがないんですね。みんなが疑心暗鬼になって、メンバーの脱退にもつながりました。何か話題にしなきゃと考えすぎて、何も見えなくなっていたかもしれません。あれは良くなかった。失敗でした。

☆わたなべ・じゅんのすけ=1984年生まれ。東京都出身。早稲田大学卒。デートピア、つばさレコーズを経て2014年8月に株式会社WACK設立。代表取締役に就任。つばさレコーズ時代にBiSを立ち上げ、マネジャー兼プロデューサーとして数々の伝説的プロモーションを行う。14年7月に第1期BiSは解散。15年1月に「BiSをもう一度始める」とBiSHを始動した。