BiS誕生のきっかけはプー・ルイの「アイドルグループを始めたい」

2020年05月02日 10時00分

グループの中心人物になるプー・ルイ

【WACK渡辺淳之介社長インタビュー「BiSHができるまで」(6)】「楽器を持たないパンクバンド」として大人気の女性6人組グループ「BiSH」。人気になった裏には“仕掛け人”として知られるプロデューサー、所属事務所WACKの渡辺淳之介社長(35)の存在がある。渡辺社長はいかにして独自のプロデュース術を手に入れたのか。今回は「BiS」始動時のエピソード。後にグループの中心人物となるプー・ルイ(29)が渡辺氏のことを嫌っていたのがBiS誕生のきっかけだった!?(隔週連載)

 ――大学生ながら「デートピア」から「つばさレコーズ」へ転職。きっかけは

 渡辺氏:松隈ケンタさんとプロジェクトをやりたい!と考えた時、デートピアでは難しいと思ったんです。そんな時につばさレコーズともう一社の募集を目にして、とりあえず書類を送ってみました。つばさからはすぐに返信が来て、「すぐに面接に来い」と。実は返信があまりに早いから「やばい会社かもしれない」と思ったんですが(笑い)、川嶋あいのような有名なアーティストがいるから大丈夫だろうと受けに行ったんです。

 ――すんなり決まったんですか

 渡辺氏:最初の面接から取締役の福原慶匡さんでした。同じ早稲田の出身ということもあり「君は絶対に来た方がいい。上にあげておく」と。次が社長の吉永達世さんで「明日から来い」みたいな感じで。

 ――展開早っ! 転職してすぐに希望の仕事はできないですよね

 渡辺氏:面接で気に入っていただけたのか、すぐ社長の付き人みたいになって、1年半ぐらい社長の営業回りとか打ち合わせとか、全部くっついて出させてもらってました。正直、かなり大変だったんですが、ベンチャー企業ならではの社長の発言力みたいなのがあったから、「気に入ってもらえれば好きなことをやらせてもらえるかも」と思って必死にやってました。

 ――音楽関係の仕事はできたんですか

 渡辺氏:音楽のことは何もできなかったです。でも体育会系の面白い方で、アイデアマンだし、営業とか超うまくて、本当に学ぶことが多かったです。そして1年半過ぎたころに「そろそろいろいろと分かってきたでしょ。ひとつ好きなことをやっていいよ」と社長が言ってくれたんですよ。それで「川嶋あいに続け!」ってオーディションをやって、合格したのがプー・ルイです。

 ――後の「BiS」の中心人物!

 渡辺氏:最初はソロでやってたんですよ。当時、Perfumeがめっちゃはやっていたので、あれを一人でやったら面白いと思い、いろいろやってみたんですが、鳴かず飛ばずで数か月…。

 ――それがどうしてBiSを始めることに

 渡辺氏:プー・ルイが僕のことを大嫌いだったからでしょうね。

 ――え? どういうことですか

 渡辺氏:僕のことをすげー嫌いだったって言ってました。だから僕が絶対にやりたがらないことを言って、困らせてやりたいという気持ちがあったみたいで、「アイドルグループを始めたい」と言いだしたんです。

 ――今までのお話を振り返ると、ニルヴァーナから始まる“好きな音楽史”にアイドルのアの字もありませんでした

 渡辺氏:アイドルは全く通らなかったし、知らなかったんですよ。学生の時にはやってたからモーニング娘。の「LOVEマシーン」(1999年)は知ってたけど、それぐらい。プー・ルイの話は2010年で、ちょうどAKB48の全盛期だったんですが、僕はAKBというグループがいるのは知っていたけど、それ以外何も知らないという状態でした。

 ――その状態からアイドルグループをプロデュース!? それが後のBiS!?

 渡辺氏:本人がやるって言うし、今のままではどうしようもないから、やってみようかと…。

☆わたなべ・じゅんのすけ=1984年生まれ。東京都出身。早稲田大学卒。デートピア、つばさレコーズを経て2014年8月に株式会社WACK設立。代表取締役に就任。つばさレコーズ時代にBiSを立ち上げ、マネジャー兼プロデューサーとして数々の伝説的プロモーションを行う。14年7月に第1期BiSは解散。15年1月に「BiSをもう一度始める」とBiSHを始動した。