「BiSH」プロデューサー渡辺淳之介氏 やっと見つけたピストルズ仕掛け人「マルコム本」の超絶内容

2020年04月04日 10時00分

渡辺淳之介社長

【WACK渡辺淳之介社長インタビュー「BiSHができるまで」(4)】「楽器を持たないパンクバンド」として大人気の女性6人組グループ「BiSH」。人気になった裏には“仕掛け人”として知られるプロデューサー、所属事務所WACKの渡辺淳之介社長(35)の存在がある。渡辺社長はいかにして独自のプロデュース術を手に入れたのか。これまでの人生を語ってもらいながらひもといていく。今回は1970年代のパンクムーブメントの仕掛け人について。影響はあった?(隔週連載)

 ――せっかく志望大学に入ったのに、あまり授業に出なかったんですか

 渡辺氏:これで就職できるだろうと安心したのと、それまで毎日十何時間とか勉強していたから、無気力になっちゃったんです。

 ――代わりに何をしていましたか

 渡辺氏:TSUTAYAでバイトして、映画を借りては見てました。中学や高校の時に「レコード店で働きたい」と思っていたから、近いバイトではありましたね。

 ――前々回、セックス・ピストルズ(1975~78年)の仕掛け人、マルコム・マクラーレンを大学時代に深掘りしたという話がありました

 渡辺氏:中高時代にニルヴァーナのカート・コバーンが好きだったバンドを掘っていく中でピストルズを知り、仕掛けたマルコムってかっこいいなぁと思ってました。大学に入ってから具体的に何をしたかを知りたくなって、絶版になっていた著書「マルコム・マクラーレンのねじけた人生」を必死に探したんですよ。

 ――マルコムはデザイナーのヴィヴィアン・ウエストウッドとともに、ピストルズとパンクミュージック、さらにパンクファッションを世に広めた張本人ですね。70年代随一の仕掛け人です。本は見つかったんですか

 渡辺氏:当時はアマゾンとかまだないですから、古本屋に次々と行ったり、電話して探しました。確か高田馬場の古本屋だったかな。棚に飾ってあって、1万円の値札がついてました。1万円払って買いましたよ。

 ――大学の近く! 通っていたらすぐ見つけてたかも? 参考になりましたか

 渡辺氏:これがワケ分からない内容で、頭がおかしすぎて全く参考にならなかったです(笑い)。美大生とか言われてますけど、潜り込んでいただけで美大なんて出てないし、ピストルズの後にはだまくらかして金をふんだくるようなことやってたり、マネできないと思いました。

 ――1万円が無駄に…

 渡辺氏:ただ、インスパイアされたアイデアもあります。ピストルズは「エリザベス女王在位25周年祝典」(77年)の日に、チャーターしたボートでテムズ川を下りながらゲリラ(無許可)ライブをやって、マルコムやヴィヴィアンたちが逮捕されたんです。BiSHでそれをなぞったことをやりたいと思い、セカンドアルバム「THE GUERRiLLA BiSH」(2017年)発売時に、道頓堀で「ゲリラライブ」をやりました。こちらはもちろん許可を取って(笑い)。

 ――今の時代、無許可は難しいです。ちなみにピストルズの方は逮捕がニュースになって、演奏した「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」が大ヒット。“元祖炎上商法”でした。ファッション面では

 渡辺氏:音楽とファッションって切り離せないと思っています。ピストルズにおけるヴィヴィアンみたいに、ファッションの方もいつかやりたいと思ってたのが、今やれてます。「NEGLECT ADULT PATiENTS」というアパレルです。

 ――マルコムはあまり参考になりませんでしたが、大学時代は今につながることはありましたか

 渡辺氏:大学4年の時から「デートピア」でバイトを始めて、そこで松隈ケンタさんと出会ったことですね。

 ――BiSやBiSHのほとんどの曲を書いている方! 今のBiSH、そしてWACKに欠かせない人です(次回に続く)

☆わたなべ・じゅんのすけ=1984年生まれ。東京都出身。早稲田大学卒。デートピア、つばさレコーズを経て2014年8月に株式会社WACK設立。代表取締役に就任。つばさレコーズ時代にBiSを立ち上げ、マネジャー兼プロデューサーとして数々の伝説的プロモーションを行う。14年7月に第1期BiSは解散。15年1月に「BiSをもう一度始める」とBiSHを始動した。