「BiSH」プロデューサーに聞く!渡辺淳之介氏が高校中退後に早稲田大学を目指したワケ

2020年03月14日 10時00分

高校中退後、早稲田大学を目指した渡辺氏

【WACK渡辺淳之介社長インタビュー「BiSHができるまで」】「楽器を持たないパンクバンド」として大人気の女性6人組グループ「BiSH」。人気になった背景には“仕掛け人”として知られるプロデューサーがいる。所属事務所WACKの渡辺淳之介社長だ。渡辺社長はいかにして独自のプロデュース術を手に入れたのか。これまでの人生を語ってもらいながらひもといていく。(隔週連載)

 ――中高一貫の都内の進学校に通っていたのに高校で中退したんですか

 渡辺氏:2年生の時に。一応、自主退学ですが、辞めさせられたというか、辞める方向にというか…。学校にほとんど行ってなかったし、勉強も嫌いでテストも振るわず…。

 ――学校に行かず何してたんですか

 渡辺氏:ニルヴァーナに射抜かれてから、頭の中は音楽のことばかりに。「病んだ魂」というカート・コバーンの自伝本や「ロッキング・オン」「クロスビート」といった音楽雑誌を読みあさり、カートの音楽的ルーツに関する情報、良さそうなバンドの情報を得てはレコード屋に通ってました。当時はまだネットがなかったんですよね。

 ――“音楽雑誌が教科書”状態ですね

 渡辺氏:それに中学3年生から始めたバンド活動も楽しかったですし。中高生特有の「なんで勉強しなきゃいけないんだよ!」というのもあって、学校の勉強をした覚えがありません。

 ――中退してバンド活動に専念ですね

 渡辺氏:それが、高校生の音楽フェスを見に行ったら、すごくうまいバンドがいて、「勝てない。俺にはあそこまでの才能はない」と思っちゃったんですよ。デビューしたい気持ちはあったし、練習はしたけど、下手だしダメだろうな。これは支える側、裏方に回ろうと。

 ――今につながる分岐点! とはいえ高校を辞め、バンドでのデビューも諦めて、日々何をしていたんですか

 渡辺氏:結局、そこから猛勉強を始めました。

 ――え!?

 渡辺氏:中退したことで「やべえ、道を外れてしまった」という焦りがあって。もともと外れてたんでしょうけど(笑い)。「俺、この先、何になるんだろう」と考えた時、音楽業界に就職したいと思ったんですね。それは中学時代からずっと考えていて、一番かっこいいのはレコード会社のディレクターだ。どうやったらなれるんだろうと音楽業界の就活本みたいなのを読んだら、有名大学を出てないとレコード会社には入れないと。それで大検を取り、早稲田大学を志望校に決めて、レコード会社に入るために勉強を始めたんです。

 ――早稲田大学、難関ですよ。しかも卒業された政経は最難関です

 渡辺氏:英語はSVOCから始めたレベルだったんですが、私立は受験科目が3科目だから、なんとかなると思いました(笑い)。まずは早慶上智を狙って、そこから赤本(過去問題集)を解きまくったんです。早稲田は英語の配点が高く、長文読解しかない。和訳を読んだら、当時はだいたい環境問題とジェンダーがテーマで、答えにも傾向があった。単語も同じようなのが出てくるので、それを抜き出して覚えて、満点近く取れるようになったんです。

 ――そういう攻め方があったんですか

 渡辺氏:日本史は好きだったので、教科書を必死に丸暗記しました。現代文は意味わかんないので捨てました(笑い)。古文も法則を見つけて。慶応は自分のカラーじゃないかなというのがあって、上智は文法問題がいっぱい出るから無理。早稲田に絞って一日に10時間以上勉強してました。周りは中学からしっかり勉強している人ばかり。いかに時間を短縮して追いつくかを考えてました。

 ――そして見事に合格

 渡辺氏:政経と第一文学部と社学に受かったんだったかな。本当は一文に入ろうと思ってたんです。でも周囲から「なぜ政経に行かない!」と言われて、就職にはその方がいいのかと考えて政経にしました。これでレコード会社に就職できるだろうと考えて、大学に行かず、テストも受けなかったから、年に8単位ぐらいしか取れなかったんですが(笑い)。

★わたなべ・じゅんのすけ=1984年生まれ。東京都出身。早稲田大学卒。デートピア、つばさレコーズを経て2014年8月に株式会社WACK設立。代表取締役に就任。つばさレコーズ時代にBiSを立ち上げ、マネジャー兼プロデューサーとして数々の伝説的プロモーションを行う。14年7月に第1期BiSは解散。15年1月に「BiSをもう一度始める」とBiSHを始動した。