女性6人組グループ「BiSH」仕掛け人の原点

2020年02月29日 10時01分

大ブレーク中のBiSHを手掛けた渡辺氏

【WACK渡辺淳之介社長インタビュー「BiSHができるまで」(1)】「楽器を持たないパンクバンド」として大人気の女性6人組グループ「BiSH」。人気になった背景には“仕掛け人”として知られるプロデューサーの存在がある。所属事務所WACKの渡辺淳之介社長(35)だ。渡辺社長はいかにして独自の“プロデュース術”を手に入れたのか。これまでの人生を語ってもらいながらひもとく!(隔週連載)

 ――昨年、人気番組「アメトーーク!」で「BiSHドハマり芸人」が放送されました。よくあのような特集が組まれましたね

 渡辺氏:あれはたぶん、ノブ(千鳥)さんが頑張ってくれたんだと思います。

 ――反応も大きかったのでは

 渡辺氏:はい、あれ以前と以降で、注目度など全然違ってきました。

 ――「BiS」からデビューしたタレント、ファーストサマーウイカも人気です。BiSは渡辺さんが最初に仕掛けたアイドルグループですね

 渡辺氏:彼女、頑張ってますよね。良かった。彼女は第一期BiS(2010~14年)の最後の1年間ぐらいいました。役者とかやりたい子だったので、いろいろできるようになって良かったと思います。それに彼女は前のグループ(BiS)の宣伝もしてくれるのでありがたいです。

 ――BiSは1stシングル「My Ixxx」での“全裸PV”がバズって話題になり、一気に知名度を上げました。そのあたりは後々聞かせていただくとして、まずはプロデューサーになるまでの人生を教えてください。今の仕事の原点となる出来事は何ですか

 渡辺氏:中学1年生の時に、ニルヴァーナ(1987~94年)にハマったことですね。カート・コバーン(同バンドのボーカル兼ギター、94年没)が亡くなった後だったんですが、テレビで昔の「サタデー・ナイト・ライヴ」を放送していて、そこで「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」(91年発売のシングル)を見て、「めちゃくちゃかっこいいじゃん!」と衝撃を受けたんです。それからニルヴァーナと、彼らのルーツを聴きまくりました。

 ――それが洋楽との出会いですか

 渡辺氏:出会いとなるとその前に、母親から「これは聴いときなよ」とレッド・ツェッペリン(68~80年)を教えてもらいましたね。「天国への階段」とか。ハードな音が好きで、「もっとハードなのない?」ってディープ・パープル(68~76、84~)を教えてもらって。「バーン」(邦題・紫の炎。74年)とか。

 ――デイヴィッド・カヴァデールがボーカルだった時の名盤ですね。表題曲からすさまじくかっこいいです

 渡辺氏:そこから「もっとハードなのない?」って母親に聞いたら、「ない」って言われて絶望したんですけど(笑い)、そんな時に「スメルズ――」を見て射抜かれたんです。それからは毎日、音楽のことしか考えない生活でした。

 ――基本的に洋楽を聴いてたんですか

 渡辺氏:今は洋楽ってあまり聴かれなくなりましたが、中学生のころは「洋楽聴いてるのがおしゃれ」みたいなのがまだあったんですね。僕も「洋楽を聴くのがかっこいい」と思ってました。

 ――ニルヴァーナ以外はどのようなバンドを

 渡辺氏:ちょうど、オアシス(91~09)とブラー(89~03、09~)がライバルみたいな感じのころで、オアシスはハマらなかったけど、ブラーは好きでした。それからデヴィッド・ボウイ(64年デビュー~16年没)ですね。ニルヴァーナがアンプラグトでボウイの「世界を売った男」(70年)を演奏しているのを見て、さかのぼって聴いて「ジギー・スターダスト」(72年)とか大好きでした。あと、カートが好きだったセックス・ピストルズ(75~78年)とか。

 ――そこから70年代随一の仕掛け人、マルコム・マクラーレンにつながるんですね

 渡辺氏:それは大学に入ってからで、その前に高校を退学しちゃうんです。

☆わたなべ・じゅんのすけ=1984年生まれ。東京都出身。早稲田大学卒。デートピア、つばさレコーズを経て2014年8月に株式会社WACK設立。代表取締役に就任。つばさレコーズ時代にBiSを立ち上げ、マネジャー兼プロデューサーとして数々の伝説的プロモーションを行う。14年7月に第1期BiSは解散。15年1月に「BiSをもう一度始める」とBiSHを始動した。