【いろもの伝】おぼん・こぼん師匠 不仲説で注目も…漫才を学ぶ「最高の教科書」

2019年12月17日 10時00分

06年、本紙取材時のおぼん・こぼん

 今年、突然大きな話題になったベテラン芸人がいました。おぼん・こぼんさんです。「水曜日のダウンタウン」で不仲ぶりに焦点が当てられ、世間に大きなインパクトを与えました。

 結成は1965年。僕が中学生の時に「月見おぼん・こぼん」名義でやっていたのを見た、大先輩です。お二人は70年代に赤坂の伝説のレストランシアター「コルドンブルー」に10年間レギュラー出演しました。芸人が出るのはショーの合間で、お客さんはレビューと食事が目的だから、あそこでウケるのって並大抵じゃなかったんです。僕らはまるでウケず、とんねるずもちょこっと出てお手上げ状態でした。

 お二人はタップも身につけ、店で腕を磨いて「お笑いスター誕生」を10週勝ち抜きます。僕らがご一緒するようになったのはそのころ。当時は仲が良く、「一緒に苦労した戦友」という雰囲気でした。

 基本的におぼんさんから提案して、こぼんさんは「ええよ」と受けることが多かった印象です。もしかしたら「ええよ」と言いながら、ストレスをためていたのかもしれません。水ダウでこぼんさんが「何年も前から我慢してたやろ」とおっしゃってたのは、そういうことかもしれないですね。

 今の熟練した芸もいいですが、特に若いころのお二人の漫才は、芸の定まらない芸人に見てほしいです。守備範囲が広く、絶対的な定石を押さえた最高の教科書です。崩したネタをやりたいなら、まずおぼん・こぼん師匠の“漫才とはかくあるべき”ともいうべき「漫才の標準語」を知って、それからにした方がいいですね。

 お二人がこれからどうなるのか。気にしている芸人は多いと思います。

☆りっきー=1958年9月8日生まれ。京都府出身。本名・岡博之。81年に「ブッチャーブラザーズ」結成。サンミュージック初の所属芸人に。プロダクション人力舎に移籍後、92年に開校した東京初のお笑い専門学校「スクールJCA」講師を務めた。現在サンミュージック常務取締役。

【関連記事】