【いろもの伝】サンドウィッチマン 「エンタの神様」五味プロデューサーのノウハウで見事に変身

2019年12月03日 10時00分

「エンタの神様」で知名度が上がりつつあったころのサンドウィッチマン。M―1グランプリ優勝前だ

 前回お話しした“売れる芸人の共通点”に気づいて、番組作りに生かしたのが「エンタの神様」の五味一男プロデューサーです。

 五味さんはご自身の方法論に従い、漫才ネタをコントに変えるなど、芸人のネタに手を入れました。さらにセリフや状況説明を字幕で出したり、他の演芸番組ではやらない演出を入れていきました。

 実はこれに一部の芸人は「芸をつぶす気か!」と猛反発したんです。アンジャッシュ・渡部も最初は反発したと話してましたね。しかし五味さんには「テレビを見ている3歳から70歳までに面白く見せる」という信念があり、そのために「わかりやすさ」と「チャーミングさ」が必要だと考えていたんです。字幕を入れたのは「わかりやすさ」の象徴的な例です。

 五味さんに手を入れてもらったおかげで売れたのがサンドウィッチマンです。彼らは僕たちがやっていた「ビタミン寄席」のネタ見せに毎月来てくれてました。漫才はうまいんだけど、いかつい見た目でボケボケなことを言って、怖さやガラの悪さが印象に残り、全然ステージには出せませんでした。

 しかし五味さんによって漫才をコントに変え、伊達がコワモテのツッコミ、富沢がボケと役割をはっきりさせたことでわかりやすくなり、人気を上げる糸口をつかみます。またコワモテの伊達が実はカワイイ目をしているというギャップがチャーミングさを補強しました。もともと漫才の腕は確かだし、長い下積みで引き出しはいっぱいあったから、売れだしてから息の長い活躍ができています。

 芸人というのは、受け入れられてナンボ。「わかりやすさ」と「チャーミングさ」はその鍵なんですね。

☆りっきー=1958年9月8日生まれ。京都府出身。本名・岡博之。81年に「ブッチャーブラザーズ」結成。サンミュージック初の所属芸人に。プロダクション人力舎に移籍後、92年に開校した東京初のお笑い専門学校「スクールJCA」講師を務めた。現在サンミュージック常務取締役。