【いろもの伝】心の師・上岡龍太郎さんが感謝する横山ノックさん「デパートの教え」

2019年09月03日 10時00分

上岡龍太郎
 ブッチャーブラザーズに師匠はいませんが、僕が個人的に“心の師”としてお慕いしているのが、引退された上岡龍太郎さんです。上岡さんの言葉やご一緒した時の行動から、どれだけ学べたかわからないぐらいです。
 
 いつだったか、ゴルフに一緒に行かせていただいた時のこと。うまい上岡さんのペースを乱そうと、周囲はいろんな手を使って揺さぶりをかけました。例えば5番ホールのパットの直前なんかに、知識豊富な上岡さんを試すように「小倉百人一首、5番」と声をかけます。すると上岡さんは「奥山に紅葉ふみ分けなく鹿の…」と5番の猿丸大夫の歌を暗唱し、平然と打つんですよ。
 
 16番ホールでドライバーを打つ直前に「第16代米国大統領」と声をかけると、「エイブラハム・リンカーン」と答えてスパーンとスイングする。いやー、見事でしたよ。見事な“芸”です。人を楽しませるにはこんな形もあるんです。
 
 上岡さんはもともと、横山ノックさんに誘われて芸人になりました。ノックさんが師匠というわけではありませんが、ノックさんの教えに感謝していたそうです。
 
 今から60年ほど前の芸人は、今とは違って、楽屋で花札などばくちをやっている人もたくさんいました。ノックさんは上岡さんに「楽屋にいるとロクなことを覚えない。ここに学ぶものはないから、デパートや喫茶店に行きなさい」と、空き時間は街を観察するよう勧めていたそうです。当時のデパートは流行の最先端。また喫茶店で人が何を話題にしているかを聞き、ちまたの感覚からズレないようにしろということです。
 
 上岡さんはよく「ノックさんはすごい人やった」とおっしゃっていました。正式な師匠と弟子でなくても、学ばせてもらうことはたくさんあります。出会いはやはり大切です。
 
☆りっきー=1958年9月8日生まれ。京都府出身。本名・岡博之。81年に「ブッチャーブラザーズ」結成。サンミュージック初の所属芸人に。プロダクション人力舎に移籍後、92年に開校した東京初のお笑い専門学校「スクールJCA」講師を務めた。現在サンミュージック常務取締役。