【連載13】SMAP分裂騒動の発端は「決して言ってはならない言葉」だった

2016年01月30日 05時30分

ジャニーズ事務所

【崩壊SMAP25年目の真実(13)】SMAP分裂騒動の源流となった「禁句」――。解散こそ回避できたものの、SMAP解散騒動はいまだ芸能界やテレビ業界を揺らし続けている。さらに、近く移行するであろう藤島ジュリー景子副社長(49)をトップとするジャニーズ新体制にも暗い影を落としている。25年間、最前線で活躍を続けてきたSMAPをこれほどの窮地に追い込んだ、そもそものキッカケはいったい何だったのか。本紙の取材で判明したのは、ある幹部が放ったエキセントリックな「決して言ってはならない言葉」だった――。

 今回の騒動の幕引きを図るため身を引いたSMAP育ての親のマネジャー・I女史(58)。ある業界関係者は「近い人には『自分は芸能界からいなくなるが、4人をよろしく』とお願いしているそうです。それに、まだ家にも帰れない現状と漏らしているようです」。

 もともとこの騒動の発端となったのは、ジュリー氏とI女史が候補と目されたジャニーズ事務所の後継者問題といわれている。

「社長のジャニー喜多川さんが『あの子はボクが作ったグループをダメにしちゃうから』とジュリーさんのマネジメント能力を買っていなかった。その代わりにほれ込んでいたのがI女史の手腕でした」とはある芸能プロ幹部。

 確かに、SMAPでバラエティー番組もこなせるアイドルグループという路線を確立したのをはじめ、個々のメンバーの魅力的な見せ方や、番組枠を獲得する手腕はさすがのひと言に尽きた。

「その後、任された『Kis―My―Ft2』や山下智久など、すべてが成功したわけではないですが、キスマイにブサイクなんだからと番組タイトル(キスマイBUSAIKU!?)にしてまでバラエティー路線を歩ませ、大成功に導いたのはI女史の手腕でしょう」と同関係者も話す。

 バックにジャニー社長が付き、多くのテレビ局にも多大な影響力を持ったI女史。一時期はジャニーズの後継者はI女史ではないかという声が高まったこともあった。すると当然、おもしろくないのはジャニー氏の親族ジュリー氏だろう。そのジュリー氏が5年前の秋に“決定的なひと言”を放っていたという。

「後継者問題が水面下でいわれ始めた2011年の秋口でした。ジュリーさんがマネジメントしていたタレントのスタッフが、I女史管轄のタレントを掛け持ちしていたことがあったんです。ジュリーさんはそのスタッフを呼びつけてこう言ったんです。『アンタもどっちに付くか決めなさい!!』。そのひと言でジュリーさんにとってI女史が“目の上のたんこぶ”だったことが、広く知れ渡ってしまったんです」(同関係者)

 事務所内に敵対する2つのグループがあることを明白にしたのはジュリー氏本人だったのだ。

 一方のI女史にすれば「売られたケンカ」だったのかもしれない。

 実力もあって業界からも一目置かれているI女史が目障りで、それが今回の“追放劇”にまでつながったことは間違いない。そんなジュリー氏が、近く社長に就任しようかというのが今後のジャニーズの流れだ。事務所内での争いに終止符が打たれ、これでジャニーズも安泰との報道もあるが、そう単純でもない。むしろ、今回の騒動が会社の屋台骨を揺るがしかねないとの見方もある。

「I女史がやってきたタレントのプロデュースをジュリーさんができるのか、ということです。嵐を国民的アイドルにまで押し上げ『Hey!Say!JUMP』を“第2の嵐”とまで言わせるようになったその手腕は見事なのでしょうが、SMAPのように、長期間、メンバーそれぞれを売れるのか、との疑問はまだ残ります」と別の芸能プロ幹部。

 当然、ジュリー氏の周囲にも有能なスタッフはいるだろう。それでも前出の幹部は「やっぱり何かと仕事を持ってきていたのはI女史です。それにグループを一から育てるプロデュース能力はI女史ならでは。稀有(けう)な存在だったんです」と強調する。I女史が抜けた穴は、ジャニーズにとって決して小さくはないようだ。