長瀬智也「達也以外のベースでTOKIOをやるつもりはない」 こだわった音楽活動

2020年07月22日 21時29分

長瀬の不穏情報を伝えた本紙1面(2019年8月22日発行)

 来年3月いっぱいでジャニーズ事務所からの退所を発表したTOKIOの長瀬智也。理由の1つとして外せないのが、音楽活動だった。

 長瀬の音楽へのこだわりはTOKIOメンバーも舌を巻くほど。2018年にメンバーの山口達也が不祥事でジャニーズを退所したことで、ベーシストを失ったTOKIOは音楽活動ができなくなった。

「長瀬は『達也以外のベーシストを呼んでTOKIOをやるつもりはない!』と宣言したと言われています。それだけTOKIOの作る音楽にこだわりがあったのでしょう」とは関係者。

 昨年、同じジャニーズの木村拓哉がパーソナリティーを務めるラジオに長瀬がゲスト出演した際、「人生の一曲」としてTOKIOのシングル「クモ」を挙げた。

 作詞作曲は長瀬。山口の不祥事で、この楽曲がTOKIOとして最後に出したシングルになった。

 長瀬は昨年、密かにイベントでDJをしていたと報じられた。前出関係者は「2011年に長瀬はプライベートで知り合った友人とバンド『The SISSY BARS』を結成している。昨年、イベントでDJをしたと報じられた時も、TOKIOで音楽ができないという情状酌量もあり、ジャニーズも見て見ぬふりをしてきた」と話す。

 勉強もしてきた。もともとTOKIO結成当時は、松岡昌宏の方が音楽に詳しく、長瀬は教わる立場だった。

「その後、長瀬は猛勉強した。今ではほかのメンバーが長瀬の音楽の世界観や知識、博学ぶりに驚くほど。自宅に音楽や映像編集までできるスタジオを持つまでになった」(音楽関係者)

 1度のめり込むと、究めるまで熱中するのが長瀬。ジャニーズ事務所を辞めてまでハマるものを見つけたのかもしれない。