ジャニーさん訃報 深夜の列島に衝撃

2019年07月10日 17時00分

ジャニー喜多川さん

 ツイッターは世界トレンド1位、所属タレントのSNSにはお悔やみが殺到――。9日に87歳で死去したジャニーズ事務所社長・ジャニー喜多川さんの訃報は、列島に衝撃をもたらした。ギネス世界記録にも輝いたことのある名プロデューサーについては、その原点とも言える「ワシントンハイツ」にも関心が及んでいる。

 ジャニーさんの訃報が広がったのは9日深夜。ツイッター社の「世界のトレンド」で10日、英国の次期首相につながる保守党の党首選など世界の話題が並ぶ中、午前1時付で「ジャニーさん」が約59万ツイートで1位になった。その後、一時4位に下がったものの、同5時付で2位に再上昇した。

「世界のトレンド」といえば先月、お笑いタレントの山里亮太と女優・蒼井優の結婚が1位になって話題を呼んだが、数々のタレントを育てたジャニーさんの死去に対する衝撃の大きさをうかがわせる。

 先月に救急搬送されて入院した直後から所属タレントが見舞いに通い、回復を祈ってきたジャニーさん。ジャニーズを象徴するタレントの一人である元SMAPの木村拓哉は9日深夜、中国のSNS「微博」公式アカウントに中国語でメッセージを投稿。短い文章は「ジャニーさん、どうかゆっくり休んでください」との趣旨だという。

「シブがき隊」で活躍した「ふっくん」こと布川敏和は10日、ブログを通じて「とてもショックでなりません…」と胸中を明かした。15歳でジャニーさんのオーディションを受けて事務所入り。学園ドラマ「2年B組 仙八先生」(1981~82年)で薬丸裕英、本木雅弘と出演したのを機に同グループが生まれたことを振り返り、「ジャニーさんと出会わなければ、今僕が芸能界でお仕事をさせて頂いている事も無かったでしょう」と感謝の意をつづった。

 元「NEWS」の「山P」こと山下智久のインスタグラムには、ファンのお悔やみ投稿が相次いだ。本人は訃報に触れていないが、「ジャニーさん 残念でした」「冥福をお祈りします」「山Pやジャニーズアイドルの皆さんをこの世に送り出してくれた偉大な方でした」と追悼の言葉が続々と寄せられた。

 こうした感謝の言葉にあるように、2012年には「チャート1位を獲得した歌手を最も多くプロデュースした人物」としてギネス世界記録に認定されている。

 いわばエンタメ界の巨塔的存在だったジャニーさん。その原点は1960年代初めごろまで東京・代々木にあった米軍家族住宅などの施設「ワシントンハイツ」といわれる。同施設では日本人の少年も野球を楽しみ、そこから生まれた「ジャニーズ少年野球団」を率いた。

 野球団にいた、あおい輝彦らがミュージカルの名作「ウエストサイドストーリー」を見て感激したのを機に、あおいら4人組アイドルグループ「ジャニーズ」が62年にデビュー。ジャニーズ事務所を創設した。

 当初は渡辺プロダクションと提携していた同事務所から、68年にフォーリーブス、72年に郷ひろみがデビューし、女性ファンを獲得。やがて事務所は独立し、80年代に「少年隊」や「たのきんトリオ」の田原俊彦、近藤真彦、野村義男がブレーク。昭和末期に光GENJI、平成になるとSMAP、TOKIO、V6、嵐と爆発的な人気を呼ぶグループが生まれ、まさに一大帝国の様相を呈した。

 そんなジャニーさんの旅立ちに、ネット上では発祥の地とも言えるワシントンハイツに注目した書き込みも見られる。この土地は米国占領期を経て日本に返還後、64年東京五輪の選手村が建てられ、NHK放送センターの用地にもなった。

 米国生まれで戦後史の生き証人でもあったジャニーさん。9日は、元SMAP草なぎ剛の45歳の誕生日でもあった。