【この人の哲学】コンサート中ずっと走り回っていたジャニーさん

2020年01月02日 10時10分

【この人の哲学】ジャニーズで30年以上にわたって音楽プロデューサーとして活躍し、「夜空ノムコウ」などあまたのヒット曲を手掛けた鎌田俊哉氏。裏方に回った経緯、ジャニー喜多川氏や大物ミュージシャンと接する中で得た“哲学”を語ります。今回は昨年7月に亡くなったジャニーさんの仕事へのこだわりがわかる話です。

 ――前回、小杉理宇造さんに連れられてジャニー喜多川さんと初めて会ったとき、「アイドルは好きじゃないんです」とおっしゃったと…

 鎌田氏:裏方をやる気はなかったし、なんで自分が?と思っていたから、気持ちを伝えたんです。「俺がやりたいのはどちらかといえばロックです。歌謡曲ではなく。アイドルにも実は興味ないです」と生意気にも(笑い)。そしたらジャニーさん、「歌謡曲やアイドルを好きな人が音楽を作っても新しいものはできない。嫌いな人がやった方がいいんだよ」と言われたんです。

 ――深い上に説得力がある言葉! ジャニーさんはそんな考え方が根本にあったんですね。引き受けたのはなぜですか

 鎌田氏:ちょうど同じ時期にメーカーの有名プロデューサーお2人からも「アシスタントをやらないか」と声をかけられまして、作詞家の小林和子さんに相談したら「あなたは表舞台は合わないんじゃない。一緒にやるならタイプが全然違う小杉さんがいいと思う」と言われたんです。その後、ジャニーズの制作に参加することになって、小杉さんからも、ジャニーさんからも「3か月でクビになると思うよ」と言われ、「そうなんだろうな。やりたくないから別にいいや」と引き受けたのが始まりです。

 ――そしてこの連載第1回の話、近藤真彦の曲、少年隊のデビュー曲のプロデュースの話につながるわけですね。反対された少年隊のデビュー曲「仮面舞踏会」は大ヒットしましたが、何か言葉をかけられましたか

 鎌田氏:いえ何も。社長は興味ないんです、過去の成功には。すでにリリースしたものは「過去」。世の中に広まったころには、すでにジャニーさんは次の新しいことに夢中になってますから。

 ――その少年隊について、2枚目のシングル「デカメロン伝説」のイントロの「ワカチコ!」と「ドレミラシレド」と音階をそのまま歌うのがマニアの間でいまだに語り草になっています。あれはどういった意図が

 鎌田氏:当時、「クイズ・ドレミファドン!」のイントロクイズってあったでしょ。そこでわかりやすいっていうのが、あのころのヒット曲の作り方としてあったんですよ。「仮面舞踏会」のイントロもそうです。

 ――確かにどちらも冒頭ですぐ曲がわかります

 鎌田氏:「ワカチコ!」は、ギターのワウペダルというエフェクターの音を言葉にしたのと、錦織一清君がファンク系の音楽が好きで、サディスティック・ミカ・バンドに「WA―KAH! CHICO」という曲があったから、それをヒントにしました。音階をそのまま歌ったのは、人がやってないことをやろうと思ったから。2年前に僕が作って中国で1位を取った曲があるのですが、それは最初から最後まで音階で歌ってます。

 ――ジャニーさんはどんな方でしたか

 鎌田氏:例えば東京ドームでコンサートがあるでしょ。僕が音響のところにいると「音が良くない」と指示して、すぐ隣の照明に別の指示を出しに行き、「衣装が良くないから変えなきゃ」と走って行って、戻ってきたと思ったら「MCにこれを言わせないと」とまた行ってと、コンサート中、ずっと走り回ってました。さらにスタッフの食事のことも考えてて、合間にかつ丼を50個とか注文して、自分でお金も払うんです。

 ――社長なのに

 鎌田氏:「それはスタッフがやります!」と言うと「僕が一番暇だから」と言って雑用も自分でやるんです。出前の人にも優しくて、「たくさんで大変だったでしょ」と声をかけてね。終わったら「セットを変える」って自分から金づちを持って直し始めるし、偉い人が一番働くから、僕らもサボれない。全ては「いいモノをファンの皆さんに見せたい」。いつもその一心でした。(続く)

★プロフィル=かまだ・としや 東京都世田谷区出身。高校在学中に17歳でプロデビューし、子供ばんど、五十嵐浩晃のツアーバンドなどを経てプロデューサーに。ジャニーズのほかKiroroの「長い間」「未来へ」など数々のヒット曲をプロデュース。現在は中国にも拠点を持つ。悦音堂文化(北京)有限公司代表。カンタナ代表。