【この人の哲学】売野雅勇氏“天使のささやき”を聞き分ける

2019年10月12日 17時00分

正しい道を選んだという売野氏

【この人の哲学(2)】中森明菜の「少女A」やチェッカーズ、矢沢永吉の数々のヒット曲で知られる作詞家の売野雅勇氏。作詞家になるまでには、いくつかの分岐点で“天使のささやき”を聞き分け、正しい道を選んでいたという。

 ――前回の最後に「運命に対する勘さえ良ければ、人に流されるのもいい」というお話が

 売野氏:人の言葉や偶然の出来事が“天使のささやき”かもしれないでしょ。そのささやきに「お!」っと思うものがあれば、乗っていいんです。

 ――悪魔のささやきかもしれません

 売野氏:勘が悪いとダメです。直感的に「なんか違う」と思ったらその道を選ばず、心に響くものがあるならそっちに進めばいい。僕もなんでも流されるわけじゃなく、捨てた選択肢も当然あるわけですよ。

 ――と言いますと

 売野氏:萬年社時代、某大手企業のビルボード(屋外広告看板)を引き受けてる会社の社長から「車を買ってやるから、ウチに来ないか」と誘われたんです。

 ――すごい誘い方! クラリときましたか

 売野氏:最高でしょ(笑い)。クラッときたけど、これは正しいことではないと、直感を使う前に断りました(笑い)。その後、募集広告を壁に張っていた東急エージェンシーインターナショナルを友達に流されて受けて(笑い)合格。入ったらCBS・ソニーのレコードにコピーをつける仕事でした。

 ――就活時は入れなかった会社ですね

 売野氏:そう。ただこの仕事が本当に大変。毎月40枚発売されていたアルバムを一枚ずつしっかり聴いて、それぞれに何十本の広告コピーを書いたんです。ジャンルもポップスからフュージョン、ジャズと様々で、それぞれに合わせて書き分けなきゃいけない。そもそも音楽のコピーってファンタジーなんですよ。レコードを聴くことって、気分が良くなる以外に、何かを生み出すわけではないでしょ。

 ――言われてみれば確かに

 売野氏:レコードを聴く人に、どう気分良くなってもらうか。想像をかき立て、世界を膨らませるようなファンタジーをコピーで提供するわけです。後から考えると、ここでファンタジーを書く訓練をすごくやったことが、作詞の勉強になっていた。その時は気付いてなかったけど、作詞家への道を開いた学校みたいな時間でした。

 ――同期に流されて転職したことが、後の作詞家・売野雅勇を生むことになったんですね

 売野氏:ただ、あまりにハードワークで。環境を変えたくなって、今度は第一企画に転職。コピーライターとして賞をもらい、このころ、友人と「LA VIE」という今で言うインディーズ雑誌を立ち上げました。この雑誌が後々、偶然からの面白い出会いをもたらします。そして転職して2年後、東急インターから「戻ってきて」と呼ばれたんですね。

 ――それは“天使のささやき”だったんですか

 売野氏:そうです。ささやきに乗って、戻ったことが作詞家デビューにつながりましたから。1978年に設立されたEPIC・ソニーのコピーライターをやってほしいという話で、シャネルズ(ラッツ&スター)やばんばひろふみなど、所属アーティストのコピーを全部書きました。そのうちのひとつ、シャネルズの新聞広告を見たディレクターの目黒育郎さんが「あなたは詞を書けると思う。作詞をしませんか」と声をかけてくれたんです。

 ――完全に天使の声! 作詞家になろうという希望は

 売野氏:全くありませんでした。言われたからやってみようか。仕事がひとつ増えた、ぐらいの感覚でした。(続く)

★プロフィル=うりの・まさお 1951年生まれ。栃木県出身。上智大学文学部英文学科卒業後、コピーライター、ファッション誌副編集長を経て作詞家に。82年に中森明菜の「少女A」が大ヒット。チェッカーズ、郷ひろみ、矢沢永吉、SMAPなど数々のアーティストに作品を提供。映画・演劇の脚本・監督・プロデュースも手掛ける。著書に「砂の果実 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々」。ロシア出身の美貌のデュオ「Max Lux」をプロデュース。