亡き天才作曲家・三木たかしさんの娘・ようこ“妖艶写真”披露 本紙直撃に「やってよかった」

2018年11月11日 11時00分

作曲家・三木たかし氏の娘・ようこ

 テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」や石川さゆり「津軽海峡・冬景色」など日本を代表する名曲の数々を生み出した作曲家の故三木たかしさん(2009年没・享年64)の娘・ようこ(34)が「週刊ポスト」11月12日発売号で初ヘアヌードを披露する。フワフワ柔らかそうなEカップ美乳とキメ細かな肌、そして妖艶な雰囲気はオトナの色香プンプンだ。これには天国のお父さんもビックリ!? そんなようこに本紙は直撃インタビュー。そこで飛び出した亡き父とのエピソードと、まさかの“遺言”とは――。

 ようこは三木さんの2番目の妻の長女。10代のとき、グラビアアイドルユニットを組んだり、バラエティー番組に出演したりと芸能活動をしたことはあるが、現在は普通のOLだ。今回、ヘアヌードのオファーが届いたときは、うれしさと困惑で戸惑ったという。

「最初は『出していいんですかね?』と罪悪感でいっぱいでした(笑い)。体のケアも特にしてませんでしたし…。ただ、キレイに撮っていただけるなら、写真という形で残してもいいのかな、と。もともと、グラビアは大好きでした。ほしのあきさんや小倉優子さんの写真集やDVDを見て元気になっていましたからね」

 ロケは10月初旬、富士山麓や伊豆などで4日間にわたって行われた。写真家は数々の有名女優を写真に収めてきた野村誠一氏。ようこは撮影前に自分の体を自撮りしたり、他のタレントのグラビアなどを研究したりして臨んだ。

 実際の出来は想像以上だ。普段はかわいらしいルックスだが、写真に写るのは成熟したオトナのそれ。身長は153センチと小柄ながら、B83・W58・H84のメリハリボディーで、Eカップのバストも確かな重量感を持つ。

 乳輪と乳首は色素沈着のないピンク色で、大きさも程よい。そしてきれいに生え揃った漆黒のヘア…。野村氏をして「非常に美しい!」と言わしめた逸品に仕上がった。

 ようこ本人も「見るまで自信がなかったんですけど、すごくステキだったし、やってよかった」とうれしさを隠しきれない。

 それにしても、父は“天下の三木たかし”。数々の名曲を世に送り出し、日本レコード大賞を何度も受賞した日本音楽史に残る大家だ。そんな天国のお父さんにどのように報告するのだろうか。

「月命日には必ず墓参りしているんですが『週刊ポスト』の発売日までは報告しないことにしていて(笑い)。でも、楽しいことが大好きだった人。『犯罪を起こさなければ何やってもいい』と言われていたので、きっと応援してくれていると思います」

 ようこは三木さんに深く愛情を注がれ、一度も叱られたことがないという。ラジオの生放送のオンエア中でもようこの電話には出たほどだ。

「父は母と離婚してからも、私のことをかわいがってくれました。もはや父がバツ何回かわかりませんが、交際女性ができると必ず私に紹介してくれるんです。そしてすごく寂しがり屋。よく言っていたのは『女性と別れてつらい思いをするほど、いい曲が書ける』と。確かに父の曲にハッピーソングは少ないかもしれませんね」

 お気に入りはテレサ・テンの「別れの予感」と石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」。まさに思いを遂げられなかった女の情念を歌い上げた曲で「良い恋愛をしなかったりすると、私自身、すごく癒やされました」。

 今後はタレント活動を行うというようこ。だが、三木さんは意外すぎる“遺言”を残していた。

「『歌だけは絶対に歌うな』と言われたんです(笑い)。父いわく、私の歌声は人を一番不快にさせる音らしい。確かにリズム感は絶望的に悪いんですけど…。今まで友達や彼氏とカラオケに行っても、歌ったことがありませんからね。昔、路上で歌ってCDを手売りしていたんですが、トラック運転手の方から『聞くと事故る』とクレームが入ったこともあります(笑い)」

 来年は三木さんの没後10年。節目の年に、娘は生まれたままの姿になった。

☆みき・たかし 1945年1月12日、東京都生まれ。60年代に歌手を志して作曲家の船村徹に師事するも作曲家を勧められ転身。以後、テレサ・テンをはじめ人気歌手に楽曲を提供、ヒットを連発する。「アンパンマンのマーチ」は、音楽の教科書に載るほど親しまれている。日本作曲家協会理事長、日本レコード大賞制定委員を歴任。2009年5月11日、死去。妹は歌手で女優の黛ジュン。

☆ようこ 1984年6月6日、東京都生まれ。T153・B83・W58・H84。「ゴールデン小雪」の芸名で一時期タレント活動を行っていたことがある。看護助手や居酒屋などアルバイト経験多数。

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