次男急死で憔悴・北島三郎の「今後」に不安の声

2018年03月09日 11時00分

涙ながらに質問に答える北島三郎

 愛する息子に先立たれたサブちゃんは大丈夫なのか――。演歌の大御所、北島三郎(81)の次男、大野誠さんが3日に遺体で発見されていたことがわかった。51歳だった。心不全とみられる。誠さんは元ミュージシャンでその才能は北島も認めており「よき相方だった」と語るほど。昨年引退した愛馬キタサンブラックにちなんだ歌を作ろうと、父子で約束したばかりだった。7日に会見を開いた北島の憔悴ぶりを見た音楽関係者は「あまりにショックが大きすぎて…」と思わず今後への不安を口にしている――。

 所属事務所によると、所属歌手・大江裕の新曲を誠さんに頼んでいたという。曲を作りだすと、スタジオも併設している自宅に「こもって集中するタイプ」(事務所社長)だったが、全く連絡が取れなくなり、社長が警察立ち会いの下、3日に自宅を訪れた際、自宅内で倒れている誠さんを発見。状況から事件性などはなく、その日の午後9時ごろに社長から北島へ電話で報告された。

 会見場に現れた北島は「あの大事な、大好きなかわいい自分のわが子…先立たれてしまうのがこんなにつらいとは…」と声を振り絞った。

 誠さんは1988年にバンド「1st BLOOD」のボーカルとしてデビュー。その後は創作活動に専念し、大地土子(だいち・とこ)のペンネームでNHK・Eテレの人気アニメ「おじゃる丸」のオープニングテーマで北島が歌う「詠人」や、北島と北山たけしのデュエット曲「路遥か」などを手掛けていた。北島の曲の著作権を管理する北島音楽出版の役員も務めた。

「わが子でありながら本当にセンスがあった」と誠さんの音楽の才能を買い「息子であり、良き相方でもあった」と言ってはばからない北島。

 昨年は所有馬で中央GⅠ7勝のキタサンブラックが引退したが、正月の事務所開きに会った際には「馬の歌を作ってみたいなと話していた。オレ歌うから、オレの好きな歌を作ってきてくれやと話した」と涙をこらえながら語った。

 社長によると「正月に会った時、昨年から体調があまりよくないとは言っていた。検査して肝臓の数値がちょっと悪いとは言っていたけど、入院するほどでもなかった」という。突然すぎる死だったことは間違いない。

 音楽関係者は「誠さんは音楽に対して熱いものを持っていた。音楽の話になるといつまでも語っているし、勉強家でもあった。ポップスだけでなく、演歌も勉強していた。最近では『韓国に面白いアーティストがいて面倒見ようかな』って言ってたばかり」と明かす。

 さらに「次男の誠さんは5人きょうだいの上から2番目。下は3人とも女性。兄が事務所の社長として表舞台で活躍し、弟は表に出ないで音楽制作に専念。バランスが取れている兄弟だった。3人の妹も親きょうだいをサポートしていて、うらやましいほど、本当に仲の良い家族だった」と言う。

 会見で北島は、何度も「つらい」と口にした。

「仲が良かっただけに、ショックは計り知れない。今年の北島さんは頸椎の病状も良くなって、体調面の不安もなく、これから音楽活動にまい進すると言っていたばかりだったのに、大丈夫なのか?」

 この日は通夜が営まれ、ひつぎに納められた誠さんを「眠っているようだった」と言う北島は「テレパシーというのかな、困ったときには、頑張れるようなものを送ってほしいと言った」。

 さらに「しゃべっているとどうしても泣けます。自分の子供に先立たれたつらさ…感じます」と言う北島は、もはや流れる涙をぬぐうことさえできなかった。

 告別式などは家族葬で行われ、後日、お別れの会を開くという。