北島三郎 次男・誠さん死去に涙「自分の子供に先立たれたつらさ…」

2018年03月07日 23時00分

北島三郎

 演歌歌手・北島三郎(81)が7日、心不全で死去した元ミュージシャンで会社役員の次男・大野誠さん(享年51)への思いを都内で涙ながらに語った。息子に先立たれた悲しみ、親子というだけでなく、誠さんを一人の音楽家として“尊敬”すらしていたといい「つらい」という思いでいっぱいだ。

 所属事務所によると、あまりにも連絡がつかないと事務所社長が警察立会いのもと、3日に自宅を訪れた。その際、自宅内で倒れている誠さんを発見したという。状況から事件性などはなく、その日の夜9時ごろに社長から北島へ電話で事情が報告された。

 会見場に毅然とした様子で現れた北島だが「あの大事な、大好きなかわいい自分の我が子…。先立たれてしまうのがこんなにつらいとは…」と声を振り絞るように語った。

 今年の正月の事務所開きの際、誠さんは事務所を訪れていた。北島は「姿を見てホッとして『元気に頑張ろうや』と声を掛けた」という。「オレが頸椎を悪くして入院しているときも、病院に来てくれたり、心配してくれていた」と親思いの優しい面を持っていた。

 誠さんは1988年にバンド「1st BLOOD」のボーカルとしてデビューし、その後は音楽創作活動に専念。大地土子(だいちとこ)のペンネームで、NHKEテレの人気アニメ「おじゃる丸」のオープニングテーマ、北島が歌う「詠人」や、北島と北山たけしのデュエット「路遥か」などを手掛けた。

 北島は「あるときから、いろんなアドバイスをもらったりするようになった。息子であり、良き相方でもあった」と振り返った。「我が子でありながら本当にセンスがあった」と誠さんの音楽の才能を買っていた。「ボクの歌を認めてくれる一人でもあった。彼から感じるものはいっぱいあった」という。

 昨年は所有馬のキタサンブラックが競走馬として引退したが、正月に会った時も「馬の歌を作ってみたいなと話していた。オレ歌うから、オレの好きな歌を作ってきてくれやと話した」と涙をこらえながら語った。

 この日は通夜が行われたという。ひつぎに眠る誠さんを見て「眠っているようだった」と北島。誠さんには「テレパシーというのかな、困ったときには、頑張れるようなものを送ってほしいと言った」。

 ただ「しゃべっているとどうしても泣けます。自分の子供に先立たれたつらさ…。感じます」。もはや流れる涙を拭うことはできなかった。

 通夜告別式などは家族葬で行われ、後日、お別れの会を開くという。