“親父”船村徹氏に褒められた北島三郎「うれしくなっちゃったよ」

2017年01月18日 22時05分

船村徹氏(左)の文化勲章受章を喜ぶ北島三郎

 平成二十八年度文化勲章を受章した作曲家・船村徹氏(84)を祝う会が18日、都内で行われた。

 

 作曲家の受章は1956年の山田耕筰氏以来2人目。船村氏はこれまで「ご機嫌さんよ達者かね」(三橋美智也さん)、「みだれ髪」(美空ひばりさん)、「なみだ船」(北島三郎)など長年にわたりヒット曲を世に送り出してきた。

 

 式前には、船村氏が作曲した「兄弟船」でデビューした歌手の鳥羽一郎(64)と報道陣の取材に対応。「私のようなものがいただいたことより、たくさんの諸先生方が忘れ物をしたんじゃないかと。私は、それを私がお届けする役だと思う。ちゃんとお届けできるようしっかりと肝に銘じて忘れ物のないようにしたい」と話した。

 

 昨年4月に心不全と診断され、同5月に8時間にも及ぶ心臓弁置き換え手術を受けた。「死ぬかと思ったよ。医者から『たばこだけはダメですよ』と言われたけど、母の遺言で『東京行ったらたばこを吸いなさい』と。たばこは吸わなくて、吹かすだけにしようと思った」と笑顔で冗談を飛ばすシーンもあった。

 

 また、式中の歓談時間中には「受章を祝う会」の発起人の一人、北島三郎(80)と再び報道陣の取材に応じた。

 

 北島のメジャーデビュー曲「ブンガチャ節」は発売から1週間で放送禁止になったため、事実上のデビュー曲といわれる「なみだ船」を作曲した船村氏。北島は「来るなって言われても来ますよ」と言った後「たくさんの方に祝福されている姿を見て、ほっとしたし、うれしい。歌手・北島三郎の親父はこの方。私たちは(船村氏の)子供だから、親父が元気でいることがうれしい。尊敬してます」と話すと、船村氏は「かゆいな」と照れ笑いした。

 

 続けて、北島は「なみだ船があったから、今日の僕がある。なみだ船から始まって、芸能界の荒波を航海している。文化勲章を受章してうれしいし、改めてお父さんすげーなと」と感謝の言葉を並べた。

 

 普段は弟子を褒めないという船村氏だが、昨年入院中に北島の曲を聴いた後、褒めたという。「北島の曲が流れていて、こんないい曲歌っているな、大したもんじゃんと。いつか褒めようと思った」。北島は「うれしくなっちゃった」と子供のような笑みを浮かべ「出会いに感謝しています」と恐縮した。

 

 囲み取材後、報道陣から自身の体調を問われた北島は「正月早々にめまいでクラッとして。まだ少しフラつくんですよ」と明かしたが「私の調子が良くない時は、(キタサン)ブラックの方が目立っちゃって」と、昨年の年度代表馬に選ばれた愛馬を引き合いにジョークを飛ばす余裕を見せた。