【東スポ音楽館】日本レコード大賞編曲賞を3回受賞し、演歌・歌謡曲、ポップスなど幅広く活躍しているアレンジャー・若草恵氏の作品群の中から72曲を収録した4枚組アルバムが「若草恵 サウンドマジック~編曲美学~」だ。これまで3500曲以上の編曲を手がけている若草氏の集大成になっている。

 ――どんな作品ですか

 若草氏「ヒット曲や世の中にシングルとして出なかったけど、アルバムの中で好きな編曲なども集めました。演歌から歌謡曲、ポップス、クラシカルまで入っている。今まで50年以上やってきた自分の集大成ですね」

 ――この中で思い出の曲というと

 若草氏「研ナオコさんの『かもめはかもめ』(1978年)ですね。みなさんに僕の存在を分かっていただいた最初の曲です。僕は編曲家のポール・バックマスターのストリングスの使い方に衝撃を受けて、いろんな曲で試行錯誤していた時期があったんです。そのころ出来上がったのが、この『かもめはかもめ』。運命的な出会いでしたね」

 ――レコード大賞では編曲賞を3回も受賞した

 若草氏「『かもめはかもめ』から、何度かノミネートされてますから、会場に来てくださいって呼ばれたことはあったんです。そのころ『すずめの涙』(87年、桂銀淑)、『難破船』(87年、中森明菜)といったヒット作もあったのですが、賞に縁がなくて。もう賞はいいかなって思ってたころに、ヤン・スギョンさんの『愛されてセレナーデ』(90年)で初めて編曲賞をいただいたんです。やっぱりうれしかったですね。パーティー会場で、三木たかし先生にお会いした時に抱きついて大泣きしたことを覚えてます」

 ――三木先生といえば、坂本冬美さんの「夜桜お七」(94年)が大ヒット曲となった

 若草氏「この曲が僕の中では一番の編曲でしょうね。自分が洗練され、アレンジャーとして成熟した時にできた曲だと思っています。三木先生にはすごくかわいがっていただいて、僕も兄貴のように慕っていましたし、常に音楽の話をしていました。三木先生は日本に革新的な音楽を作りたいって言っていたんです。この『夜桜お七』が出来上がってきた時に、三木先生の言っていた音楽はこれなんだなって感じました。三木先生と一緒に作ったという感じの曲です」

 ――編曲をする上で気を付けていることは

 若草氏「僕の師匠は作詞家の中山大三郎先生で、詞の大事さをすごく叩き込まれました。常に詞のイメージをどうつかむかを大事にしていますね。このアルバムには歌詞を載せた冊子がついていますので、冊子を見ながら、僕が詞からどうイメージをして編曲をしたのかを感じてほしいですね」