芸人が不遇時代に「死」を考えた瞬間

2018年04月29日 16時30分

宮迫(左)と富澤

【現役放送作家X氏の芸能界マル秘ウラ話】今ではお笑い学校を経て、芸人になるのはとても簡単。しかし、それですぐに食べられるようになるわけではない。険しい芸道が続く。

 ビートたけし本紙客員編集長は「誰に強制されたわけでもなく、自分で選んでお笑いに入ってきたんだから、努力するのは当然だし、頑張れるだろ」と若手を励ます。とんねるずの石橋貴明も「下積みはつらくなかった。だって好きなことだから…」と語っている。

 とはいえ、頭でわかっていても、精神的に追い込まれることは多々ある。雨上がり決死隊の宮迫博之は26歳で大阪から東京に進出した時、全く仕事がなかった。

「吉本の事務所に行っても『何しに来てん。知らんぞ、お前らみたいなもん』と。自分らでやりますわと思ったんですが、すごい追い込まれて。精神的に病んでた。ある時、ピークになって目をつぶって赤信号を渡ったんです。トラックが急停車して。『死にてえのかっ!』ってオッチャンが言うんです」。それに黙ってうなずいた宮迫に運転手は「ダメだよ、ダメだって」と諭したらしい。

 同じころ、相方の蛍原徹もマンションの7階から飛び降りることを考えていたらしい。死ななかったからこそ、今があるのは言うまでもない。

 サンドウィッチマンの富澤たけしも不遇時代に自殺願望を抱えていた。売れるためにどうしたらいいかわからなくなり、相方の伊達みきおをこの世界に引っ張り込んだことを悔い始め「申し訳ない。死んでおわびするしかない」と追い込まれた。伊達も「僕から見てもおかしい時期がありましたね。うつになりかけてた」と回想している。

 売れてからも苦悩は続く。カンニングの竹山隆範は自ら「関東一・大喜利ができない芸人なんですよ」と公言している。「大喜利みたいな番組があって、お題が出て、みんなは苦しみながらも答えて爆笑をとる人もいるし、スベる人もいるけど、一応大喜利になっている。僕はそのレベルでもない。何も思い浮かばない。4時間くらい撮って、朝4時すぎに収録が終わった時、スタジオで長時間、何も思い浮かばずにヤバい空気になった俺がいる。己に対してのショックとドキドキ感で帰っても眠れないわけですよ。これはヤバイと思って、ベランダでたばこを吸ったんですよ。その時に飛び降りようかと思って…」と打ち明ける。笑いを生み出すプロも、実はいつも楽しいことばかりではないのだ。

☆プロフィル=1967年、東京・神楽坂生まれ。23歳の時にラジオ番組で放送作家デビュー。現在はPTAから苦情が絶えない某人気バラエティー番組やドラマの脚本を手掛ける。