月亭八方「破天荒」は「まさしく月亭可朝」お別れ会で思い出披露

2018年04月24日 15時53分

月亭可朝さんをしのんだ八方

 3月に死去した落語家・月亭可朝さん(享年80)のお別れの会が24日、大阪市内で行われ、可朝さんの弟子である落語家・月亭八方(70)が思い出を語った。

 八方は、1968年に可朝さんに弟子入り。「当時、落語がブームで若手がすごい勢いでした。その中でおもろいのは月亭可朝やと思って、追っかけをしていたんですけど、花月に見に行ったら、落語もせんと座布団の上で寝とるんです。こんな気楽な仕事があるんかと思いました」と振り返った。

 バクチ好きで知られた可朝さんは、バクチを続けている限り勝った負けたはないと話していたという。八方もそれにならって、バクチをかじったというが「僕はすぐにやめたので、その時点で負け。今回、亡くなって『負けたかな』と言うてるか『あの世にもバクチはあるから、まだ負けてない』って言うてるか」と笑った。

 電車で前に座った男性の頭をはたいたり、米朝さんの落語会でパンツ一丁で走り回ったことなど、破天荒エピソードも披露。「『破天荒』ってのを調べたら、今までになかった形を編み出すとある。まさしく月亭可朝。自由奔放で、ほかにはいないって言われるのが大好きで、おもろいヤツ、変わったヤツってのを絶えず意識していた。それが芸能界で生きるには一番大事というのを後々、私に教えたんかもしれない」

 そんな性格だから、2008年に起きたストーカー騒動も「あの時、70歳。世間に存在を示すために相手の女性に『訴えてくれ』と頼んだんちゃうか」と独自の見解を示した。

 初舞台の際のやりとりも振り返った。「『ネタは忘れることがあるけど、声の大きさだけは忘れるな』と言われました。翌日『舞台は見れなかったけど、声は出せたか』とか聞いてくるんです。後で、ミキサー室の人が『ミキサー室から見てましたよ』って教えてくれました。私の行動が気になってたんでしょうな」としみじみ語った。

 八方が可朝さんと最後に会ったのは、故三代目桂米朝さんの葬儀だったという。「お忙しそうで連絡してなかったのもあるし、向こうが照れはって距離を置くんです」

 不仲だったのかと聞かれると「好きとか嫌いとかが波のようにきましたね。20年くらい前は大嫌いでしたけど、平らにしたら50点くらいかな」とおどけてみせたが、「月亭の屋号も使用させてもらって感謝しかない」と語った。

 偉大な師匠の死には「残念で寂しさはもちろんあるが、寝込んだりして心配もかけず急死に近い形で、親孝行ならぬ弟子孝行やと思います。成仏せんと、大阪の上空あたりで見といてほしいですね」と話した。

 会には、桂きん枝(67)、桂米団治(59)、立川談春(51)ら約70人が出席した。