【鈴木涼美・連載6】キャラ作りで手を出したAVの行き着いた先

2018年03月22日 10時00分

大学時代を振り返る鈴木涼美氏

【東大大学院出身の元セクシー女優・鈴木涼美「ワタシの値段」(6)】慶応大学に通いながらキャバクラデビューした私ですが、やっぱり初めのうちは「慶応なんだ。すごいねぇ~」なんて物珍しそうに言われるんです。でもね…慶応生でキャバクラ嬢やっている女の子って、いるっていえばいるんです。別にそこまで珍しくないんですよ。そうすると「慶応生のキャバクラ嬢」っていうキャラクターが、だんだん弱く見えてきて、ちょっとこのままでは「いかんな!」と。

 そもそも私自身、何かで1位を取るタイプではなかったんですよ。当然、キャバクラでも3位4位に甘んじて、ちょっと口うるさい人、みたいなポジションだったから、何かのキャラクターを付けて“抱き合わせ商法”みたいな感じで自分の価値を上げていこうと思って、手を出したのがAVの世界。「慶応生だけど、キャバクラ嬢でAV女優」っていうギャップで売り出していこうかなって思ったんですよね。

 ちょうどそのころの私は学校もあまり行かなくて、彼氏が横浜でスカウトをしている人だったんです。その彼氏の同僚のカノジョさんたちとよく一緒に遊んでいたんだけど、そういう夜の世界の女性だと、キャバクラ嬢もいれば、誰かの愛人やってたり、当然、セクシー女優もいたりで、ちょっとその辺の感覚がまひしてた時期だったんですよね。だから、AVの世界も何となくすんなり受け入れられたんですよね。

 大学2年生くらいかな、デビューしたのは。もともとキャラクター付けのためもあってセクシー女優になったものだから、キャバクラも、セクシー女優ならプラス3000円っていうような店に移籍したりするんですよ。でもね、こうやって極端なことをして注目を浴びようとするやつは、どんどん過激になっていくだけなんです。最終的にはナゼか麻縄でつるされてました…。

 どういうことかって? だって、そういうキャバクラ店に移籍すれば、座っている周りの女の子はみんなセクシー女優なんです。慶応生なんてのはキャラクターの強みにもならなくて。だから、そのころAVの世界で別の方向を模索してたんでしょう。その結論がナゼかSMを極めようと思ったらしい。

 セクシー女優としての最後のほうはムチで叩いていたり、麻縄で天井からつるされていたり。それでつるされながら、「これ以上いくとヤベーな」と。自分のキャラクター作りに夢中になるあまり、SMの世界へ突入したけれど、決してつるされたいワケじゃないし、やりたいことなのかどうかという感覚が抜けてたんでしょうね。それでやめようと思ったんです。そのころ大学にも戻り始め、ゼミなんかにも出席するようになると、再び私の中で勉強ブームが起き始めたんです。

☆すずき・すずみ=1983年7月13日生まれ、東京都出身。2002年に慶応義塾大学環境情報学部入学。そのころからキャバクラで働きはじめ、04年にAVデビュー。07年、東京大学大学院学際情報学府に入学する。卒業後、09年4月、日本経済新聞社入社。都庁や総務省記者クラブ、整理部などに所属。13年に修士論文を元にした著書「『AV女優』の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか」(青土社)刊行。14年8月、日本経済新聞社退社。同年11月「身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論」(幻冬舎)を出版し、17年7月に映画化される。著書には「愛と子宮に花束を」(幻冬舎)、「おじさんメモリアル」(扶桑社)。