初体験の超低額ギャラに苦笑

2013年01月30日 09時00分

【高橋惠子 芸能生活42年回顧録「女優物語」(31)】

 

 昭和57(1982)年の初春、私は映画「TATOO<刺青>あり」に出演することを決めました。「三菱銀行北畠支店人質事件」(昭和54年1月26日、大阪の三菱銀行北畠支店に猟銃を持った男が押し入り、警察官2人、行員2人を射殺。2日後の28日、当時の大阪府警特殊部隊が犯人を射殺し鎮圧した事件)を題材にした内容で、主人公の犯人・竹田明夫役は俳優としても高く評価されていた宇崎竜童さんに決まっています。

 私は竹田の愛人でありながら、別の暴力団組員の男とも“二股交際”している魔性の女・三千代役。監督はピンク映画を10年間撮ってきた高橋伴明という人で、今回が初の一般作品だといいます。映画界での知名度はほとんどなく、そのうえ三千代はヒロインというより汚れ役でしたが、私は「ぜひ出演したい」と申し出ていました。

「極悪非道の犯人が引き起こした重大事件」ということで片付けずに、事件を引き起こすまでの過程が丹念に描かれていたからです。「この監督が人間を見つめる目は温かい」と思っていましたから作品内容についての不満はなかったのですが、漠然とした不安は感じていました。それは当時の所属事務所に高橋監督自らがギャラの引き下げ交渉をしてきたことと、撮影スケジュールがたった2週間しかなかった点です。

「TATOO——」は大手映画会社ではなく、今で言うインディーズのATGが製作。最初から予算規模が極めて小さいことは聞いてはいたのですが、監督自らがギャラダウンの交渉をしてくるほどとは思ってもいませんでした。

 これは後に主演の宇崎さんから伺った話ですが、宇崎さんでさえもギャラはすずめの涙だったといいます。映画マニアの宇崎さんはこの映画が実現する以前から高橋監督とは飲み友達で、熱く映画議論を戦わせていたといいます。酒席では「オレが一般映画を撮るときには主演してくれ」「いいよ」——と約束を交わしていて、その約束が実行に移されたというのです。

「TATOO——」以下の出演料は…。いろいろ考えてみましたが、「太陽にほえろ!」(日本テレビ系、72〜86年)で共演した松田優作さん(故人)から誘われて出演した舞台「みやもと武蔵」くらいしか記憶にありません。もっとも「みやもと武蔵」は最初からノーギャラでの出演を納得していましたから「TATOO——」が最低記録。私自身、初体験の超低額ギャラには苦笑するしかありませんでした。

 残る不安は大手映画会社の3分の1ほどしかない撮影期間です。「これしかなくて本当に大丈夫なんですか?」。私は何度もたずねましたが、高橋監督は「ピンク映画の2倍のスケジュールを取ってあるから、大丈夫です」の一点張り。本当に大丈夫なの? 一抹の不安を抱えながら、私はクランクイン当日を迎えました。