野村克也氏 沙知代さんに感謝「いろんなチームの監督をやれた」

2018年01月25日 16時23分

あいさつする野村克也氏(右)。左からケニー野村氏、団野村氏、野村克則氏

 プロ野球・阪神や楽天、ヤクルトなどで監督を務めた野村克也氏(82)の妻で、昨年12月8日に死去した野村沙知代さん(享年85)のお別れ会が25日、都内のホテルで行われた。

 祭壇は沙知代さんが好きだったというアジサイ、バラ、カーネーションなどで彩られ、遺影には本人が気に入っていたという10年前の宣伝用の写真が使われた。

 最後にあいさつした野村氏は「昨年ぐらいに冗談半分で、オレより先に逝くなよと話していたんだが」と言葉を詰まらせた。

 亡くなった当日は「隣の部屋でテレビを見ていたらお手伝いさんが、奥さんの様子がおかしいと言いにきた」という。駆けつけたときには沙知代さんはテーブルに頭を付けて動かない状況だった。「大丈夫かと声をかけたら、『大丈夫よ』と言ってきた。それが最後の言葉だった」と振り返った。

「元気でいるときは感じなかったけど、本当に不便でね。亡くなってから改めて女房の存在を感じた」としみじみ語った野村氏。「幸せな人生だったと思う」と語った。

 最後に発した「大丈夫よ」は沙知代さんの口癖だったという。常にプラス思考だったという沙知代さん。野村氏は「窮地に立っているときも常に前向き。『大丈夫よ』が口癖で、このひと言でずいぶんと助かりました」と語った。

 選手などからは「影の監督」と言われることもあったが「全てのかじ取りをしてくれていたのが女房。南海をクビになったのもそう。でも、その責任を感じてたのか、一生懸命に裏で動いてくれていた。おかげでいろんなチームの監督をやれたと思っている」と感謝の言葉を口にした。