前人未到の永世7冠を達成した棋士、羽生善治氏(47)が国民栄誉賞に正式決定した5日、東京・千駄ヶ谷の将棋会館で記者会見を行った。会見ではサラリーマンにも通ずる勝負哲学を秘めた新たな“羽生語録”も飛び出し、将棋ブームはサラリーマンの間でも広がりそうだ。

 先月5日、竜王戦を制して史上初の永世7冠を獲得した羽生氏。その1か月後の5日、濃紺のスーツに紫色のネクタイ姿で晴れの会見に臨んだ。

「最近は非常に強くて若い棋士との対戦が増えていて厳しい環境に置かれているが、そういう中でも将棋はただたくさん経験を積めばいいとか、ただ若さがあればいいではなく、総合的なものが問われる競技だと思う。自分自身が積み重ねてきたことをファンの皆さんに伝えていけたら」と淡々と喜んだ。

 羽生氏といえば、著書は“ビジネス書”としてベストセラーになっており、コメントはサラリーマンの心にしみる“名言集”としてまとめられ、共感を呼んでいる。この日の会見でも「過去にどんな実績があろうとも、今ある潮流に乗り遅れてしまうと取り残されるのが常」「マラソンを走ってる時にトップになる必要はないとは思うが、トップ集団にいるのは大事」と一般社会にも通ずる勝負哲学を語った。

 昨年は新語・流行語大賞で「ひふみん」「藤井フィーバー」がノミネートされるなど、将棋界が大いに盛り上がった。藤井聡太四段(15)のデビュー29連勝で子供の間で空前の将棋ブームが起こり、現役引退した加藤一二三氏(78)はNHK紅白歌合戦に審査員として出演するなど、いまやお茶の間の人気者。12月に羽生氏が偉業を達成して締めくくったことで、ビジネスマンの間にも将棋ブームが広がるのは必至だ。

 そんな羽生氏の人徳を本紙にこう解説したのは今泉健司四段(44)だ。

「現役を30年以上やってタイトルを取れない人が9割9分。将棋の強さだけでは7冠王は取れません。類いまれな人間性のなせる業です。人間的な柔らかさと意志の強さで、社長であれば理想的な人物。これだけの経歴があったらやっかみがありそうなものだが、羽生先生の悪口って聞いたことがない」

 今泉氏は2度の奨励会(プロ養成機関)退会と飲食店、証券会社、介護職での勤務を経て2015年に最年長でプロになった変わり種の元サラリーマン棋士。一般社会に通じる“羽生語録”をこう読み解いた。

【才能は一瞬のひらめきだと思っていた。しかし今は10年、20年、30年と同じ姿勢で同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている】

「将棋は人間力を高めるゲーム。対戦相手に『お願いします』と感謝の気持ちを伝えて、勝敗がつくと『負けました』と失敗を認める。サラリーマンにしろ、政治家にしろ、団体のミスはうやむやになる。将棋は言い訳はできない勝負なので人間性が高まる」(今泉氏)

【勝負に一番影響するのは“怒”の感情】

「羽生先生は基本的にニコニコしている。ごくまれに己に怒ることはあってもその怒りが相手に向くことはない」(同)

【器が大きければプレッシャーを感じることはないはずだと自分に言い聞かせている】

「羽生先生の将棋は人を肯定する将棋。新しいものを見たら目を輝かせている」(同)

 羽生氏の名言は国民栄誉賞受賞で今後ますます注目を集めそうだ。授与式は2月13日に首相官邸で行われる。