元芸人の「車イスホスト」 いつか恩師の宮川大助・花子に会いに行きたい

2017年12月21日 11時00分

車イスホストの寺田ユースケ

 脳性まひのため生まれつき足が不自由ながら、日本一の歓楽街といわれる東京・新宿歌舞伎町でホストとして働いていた寺田ユースケ(27)が書いた「車イスホスト。」(双葉社)が22日に発売される。ホストになる前は、お笑い芸人だったという異色の経歴。寺田は本紙の取材に「活躍して、いつかぜひ会いたい」と思っている大物漫才師がいると明かした。

 ――脳性まひで生まれつき、足に障害がある

 寺田:でも手は健常者と同じように動きます。小さいころシールを貼ったり剥がしたりする、母親が考えた遊びをずっとやってて、リハビリ代わりになったと思います。

 ――子供のころは野球に熱中

 寺田:健常者と同じチームで小4から高1までやりました。走ること以外はできるので、ムチャクチャ練習しました。ホントに腕立て1000回やってましたから。

 ――20歳から車いす

 寺田:車いすに乗ってポジティブになった。世界が広がって前向きになり、英国に留学したんです。その時にテレビで見たMr.ビーンが、コントで障害者を普通にネタにしていた。日本では絶対にできない。もし障害を笑いにするなら、障害者である僕しかできないかもと思って芸人を目指したんです。

 ――帰国して吉本興業の養成所NSCに入学

 寺田:同期には8・6秒バズーカーがいた。でも障害を笑いに変えようとした僕のネタは賛否両論。芸人出身の先生には褒められるけど、テレビの放送作家にはメチャクチャ怒られた。まあ当時は試行錯誤していて、まだ未熟でしたね。

 ――宮川大助・花子に世話になったとか

 寺田:あんな大御所の師匠が目をかけてくれるとは思いもしなかった。特に大助師匠は脳梗塞で倒れたことがあるので「気持ちは分かる」と言ってくれて。漫才やお笑いのことを基礎から教えていただきました。

 ――ホストはいつから

 寺田:芸人だけでは食べていけない時期に友達に誘われたのがきっかけ。でも当時はホストに対し『女性をだます』『お酒を飲み浸っている』というイメージしかなかった。最初は嫌々でした。

 ――でも偏見だった

 寺田:「お酒を飲めなくてもいい」「終電で帰ってもいい」と言ってくれたし、店のナンバーワンの方にも優しくしてもらった。「障害者に偏見を持ってほしくない」と思っていた僕がホストに対して一番偏見を持っていたことに気付かされました。

 ――その後、芸人は辞めることに

 寺田:報告に行ったら花子師匠に「辞めるってことは、私たちとも縁が切れるってことやで」と言われて…。そんなつもりはなかったので号泣してしまった。でも「もし別の世界で活躍することがあったら、大きな花束持って会いに行く」とも言ってくださいました。

 ――師匠にはこの時以来、会っていないとか

 寺田:まだ会えるほど活躍していない。今回、本を出すけど、やってきたことを書いただけで、これがゴールではないので…。でも可能なら、明日にでも会いに行きたいくらいですけど。

 ――2020年に東京パラリンピックがある

 寺田:出場は断念した側なので、盛り上げる方に回りたい。障害を持った子供たちに「いろんな選択肢があるんだよ」って伝えたいですね。

☆てらだ・ゆーすけ=1990年5月31日生まれ。愛知県出身。本名・寺田湧将。関西学院大学在学中にNSC大阪に入学。卒業後は東京に拠点を移す。芸人引退後、ホストクラブ「APiTS」に在籍。源氏名はクララ。現在は同店を経営する「Smaps!Group」オフィスで働く傍ら、車イスヒッチハイク「HELPUSH」で全国を回る。22日には東京・歌舞伎町ブックセンターで「車イスホスト。」出版記念イベントを行う。