笑福亭仁勇さん通夜 兄弟子の仁智ら故人をしのぶ

2017年12月18日 21時11分

弔問に訪れた兄弟子の笑福亭仁智

 16日に脳出血のため大阪市内の病院で死去した落語家・笑福亭仁勇さん(本名・山澤健二=享年59)の通夜が18日、大阪市の新大阪典礼会館で営まれた。

 仁勇さんは1977年に笑福亭仁鶴(80)に入門した。落語のほか、笑福亭仁智(65)、笑福亭仁福(67)、松旭斎小天正(58)とのコントグループ「大阪パイレーツ」のメンバーとしても活躍した。

 通夜には、兄弟子の仁智ら一門関係者、上方落語協会会長の桂文枝(74)らが弔問に訪れたが、師匠の仁鶴は姿を見せなかった。

 仁智によると、仁勇さんは11日朝、不調を感じ自ら救急車を呼んだ。当初は意識もあり、娘が救急車に同乗したが、次第にろれつが回らなくなり意識も混濁。病院で医者が診断した時には、出血がひどく処置ができない状態だったそうで、そのまま意識は戻ることなく、16日午後2時3分に死去したという。

 一門には、11日に倒れたことを知らせたという仁智だが、師匠の仁鶴に対しては「奥さんが亡くなられて憔悴しているので、タイミングを見て昨日の昼間にお伝えした。大変ショックを受けて『えっ、何でや…』と絶句されてました。とてもやないけど『(弔問に)行きましょう』と言える状態ではなかったです」と明かした。

 また、仁智は仁勇さんについて「彼だけは師匠の奥さんにハマってなかった」と振り返った。一門では、仁鶴の妻の故岡本隆子さん(享年72)がアイドル的な存在だったそうだが「師匠の奥さんが誕生日の時には、恐竜の卵とかおかしなもんを贈ったり『サンデー毎日と週刊朝日以外のものを買ってきて』って頼まれたら、あえてそれを買ってきたり…ホンマか冗談か分からんようなことばっかりやってたなぁ」とエピソードを明かし、故人をしのんだ。